松下奈緒主演『夫に間違いありません』第3話レビュー
夫・一樹(安田顕)の遺体を誤認したことから、その妻・朝比聖子(松下奈緒)の日常の歯車が狂っていくドラマ『夫に間違いありません』(毎週月曜よる10時~放送/カンテレ・フジテレビ系全国ネット)。その第3話が1月19日に放送されました。
第2話では、すでに受け取ってしまった生命保険金のために、一樹の生存が家族をはじめ誰にも露見しないよう彼をかくまう聖子が危機に立たされました。二人の事情を知るキャバクラ嬢・藤谷瑠美子(白宮みずほ)から大金を要求されるのです。実は一樹と瑠美子は共謀していたのですが、そうとは知らない聖子は要求を受け入れて金を用意します。
一方、トップランクの高校への進学を目指す聖子の息子・栄大(山﨑真斗)は、ライバルの同級生・藤木快斗(二井景彪)から“妨害”を受けることに。さらに聖子の弟・光聖(中村海人)の婚約者・九条まゆ(松井玲奈)の母親は、汚職疑惑がかけられている国会議員・九条ゆり(余貴美子)で…。
不穏な動きに、一気に飲み込まれる朝比家。今回の第3話では聖子、一樹、そして栄大がさらに追い詰められていきます。聖子のもとには、瑠美子から追加で金を渡すよう連絡が執拗(しつよう)に届くようになります。一樹は、エスカレートする瑠美子の行動に戸惑いを隠しきれません。栄大は、藤木から家族に関するさまざまな指摘を受けたことから、聖子への不信感を募らせていきます。
「想像していた大人じゃない」と感じること
「おたまじゃくしは水中にいるときの親の姿しか見えない。陸でどんなことをしているかなんて分かんないんだよ」。
これは藤木が、栄大にかけた言葉です。栄大と妹の亜季(吉本実由)は、一樹は亡くなっているものと思っています。ですので、栄大は当然、聖子が一樹の隠れ家に通っていることも知りません。しかし藤木は、聖子が“男性”のもとへ行っていることを突き止めます。
藤木の指摘に、栄大は「うちのお母さんは家族に内緒で男の人に会いにいくような人じゃない」と、聖子を信じていると告げます。そこで藤木はおたまじゃくしの例え話を持ち出し、「あんまり親のこと、信じない方がいいんじゃない」と話します。
実際、保険金で家計や進学費用をまかなうためとは言え、聖子と一樹は家族に黙って二人だけで問題を解決しようとしています。さらに一樹に至っては、聖子のことも騙(だま)して瑠美子と連絡を取り合っています。
そこで筆者はふと思いました。自分が栄大や藤木くらいの年齢だった頃、大人ってもっと“ちゃんとしている人間”に見えていたんじゃないかということを――。なにごとにも動じず、お金もしっかり稼ぎ、嘘(うそ)をついたりせず、すごく頼りがいがある存在。それが“大人”の印象でした。
でもいざ“大人”になってみると、「なんか、想像していた大人じゃない」と感じることって多くありませんか?
さらにこんな風にも考えます。あのとき“大人”だと思っていた親や教師ってこんなに未完成だったのかと。小中学生のときって、30代や40代の親や先生って、手が届かないくらい遥(はる)か上の“大人”に見えていました。だけど自分がその年齢になってみると全然そんなことはない。あのときの“大人たち”ってこんなものだったのだと、ちょっとショックを覚えます。
一樹にとって「家族の幸せ」は一番大事ではなかった?
一樹は瑠美子とお金に翻弄されっぱなし。彼の「家族の幸せが大事」という言葉に嘘はないと思います。しかし結局、それ以上に大事なものが彼にはあるのです。
一樹は、瑠美子とお金のことになると“大人”としての判断能力が大きく狂ってしまうのです。一方で、筆者自身もそうですし、周りの“大人”を見ていてもそうなのですが、そんな一樹の姿を決して他人事に思えません。なぜなら人は、欲をかいたとき誰でも“大人”ではいられなくなるからです。“大人”ってこれほどまでに、いろんな物事に容易く惑わされるものなのか、と。
ちなみに筆者は“大人”じゃなくなりそうになる瞬間、自分にとって誰が(もしくは何が)大事なのかを絶対に頭に浮かべるようにしています。筆者の場合は愛猫です。愛猫との生活がもっとも尊いもの。彼がいてくれるから、自分は“大人”でいることができます。
ですので、身の危険が降りかかりそうな場面は必ず身を引きます。人によってはついつい、プライドや勝気な性格が前に出て危険に立ち向かってしまうこともあるでしょう。しかし筆者は常に愛猫のことを考え、積極的に避けるようにします。自分にとって本当の“大人”とは、何があっても守るべき存在をちゃんと守ること。そのための環境・状況を絶対に手放さないようにしています。
その点で少なくともこの時点での一樹は、“家族の幸せ”よりも瑠美子とお金に心を奪われているように見えます。それが原因となり、誤った道を選択してしまいます。そして第3話のラストのような取り返しのつかない行動に走ります。
聖子はどうでしょう? 彼女にとってもっとも大事なのは二人の子どもです。子どもたちのことを考えると、どんなことがあっても、一樹との間で交わした嘘はつくべきではありませんでした。しかしその判断の瞬間だけ、聖子は“大人”ではいられなかった。そしてその後も、“大人”ではいられない場面が続きます。なぜ“大人”ではいられないのか。それは彼女自身、子どものときに金銭苦を経験して一家離散の状況に追い込まれたから。しっかり者ではありながら、子どものときの記憶が彼女を“大人”ではいられなくさせたと推察します。そして、そんな自分ではいけないと考えたからこそ、第3話終盤で“大人”としてのけじめをつけようとしたのではないでしょうか。
何があっても大切な存在を意識して行動・判断すること。改めてその必要性を感じた第3話でした。
文:田辺ユウキ
芸能ライター。大阪を拠点に全国のメディアへ寄稿。お笑い、音楽、映画、舞台など芸能全般の取材や分析の記事を執筆している。
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