「ものすごい、いい人だった」父はなぜ、娘を虐待し自ら死んでいったのか。 戦後80年間、見過ごされてきた“戦争トラウマ”が日本兵とその家族に残した傷跡に迫る
カンテレでは、28日(金)25時15分から、これまで戦後80年もの間、公にされてこなかった“戦争トラウマ”が日本兵とその家族に残した傷痕を見つめるドキュメンタリー『ザ・ドキュメント 父は戦争を連れて帰った』を放送する。
戦後81年となる今年、戦争による傷病者の歴史を伝える国の施設“しょうけい館”(東京・千代田区)で、新たな展示が始まった。テーマは、「戦場で心に傷を負った日本兵と、その家族の苦しみ」。これまで社会でほとんど顧みられることのなかった戦争被害だ。
戦後81年となる今年、戦争による傷病者の歴史を伝える国の施設“しょうけい館”(東京・千代田区)で、新たな展示が始まった。テーマは、「戦場で心に傷を負った日本兵と、その家族の苦しみ」。これまで社会でほとんど顧みられることのなかった戦争被害だ。
父が持ち帰った「終わらない戦争」
大阪市でカフェを営む藤岡美千代さん(67)は、9歳で亡くなった父親の写真を、今も見ることができない。父・古本石松さんは元日本兵。戦争の話を繰り返し、雨風の音に「軍隊の足音がする」とおびえ、酒に溺れて家族に暴力を振るった。
大阪市でカフェを営む藤岡美千代さん(67)は、9歳で亡くなった父親の写真を、今も見ることができない。父・古本石松さんは元日本兵。戦争の話を繰り返し、雨風の音に「軍隊の足音がする」とおびえ、酒に溺れて家族に暴力を振るった。
藤岡さんの父の写真
幼い藤岡さんたちを柱に投げつけ、時にはガス栓を開けて「みんなで死のう」と迫った。父が死んだと聞いた時、藤岡さんは「やった」と喜んだという。
しかし通夜の席で藤岡さんは親戚から意外な言葉を聞かされる。戦争前の父は「ものすごい、いい人」だった、「戦争から帰ってきたら、ものすごく人が変わっていた」と。
成人後、父の死因が自殺だったと知り、藤岡さんは「自分が父を追い詰めたのではないか」と自らを責め続けた。父の死後も、その傷が消えることはなかった。
成人後、父の死因が自殺だったと知り、藤岡さんは「自分が父を追い詰めたのではないか」と自らを責め続けた。父の死後も、その傷が消えることはなかった。
「自分だけではなかった」家族会との出会い
そんな藤岡さんが3年前に出会ったのが、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)の日本兵家族会」だった。そこには、日本兵だった父親の暴力やアルコール依存、自殺などに苦しんだ家族たちがいた。「自分だけではなかった」。藤岡さんの中で、それまで断片的だった自らの生い立ちが、父の戦争体験とつながっていった。
そんな藤岡さんが3年前に出会ったのが、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)の日本兵家族会」だった。そこには、日本兵だった父親の暴力やアルコール依存、自殺などに苦しんだ家族たちがいた。「自分だけではなかった」。藤岡さんの中で、それまで断片的だった自らの生い立ちが、父の戦争体験とつながっていった。
藤岡美千代さん
家族会代表 軽蔑してきた父の過去
家族会代表の黒井秋夫さん(78)も、戦地より戻ってから約40年間、家族が貧困にあえぐ中で定職につかないでいる元陸軍兵の父親を「でくのぼう」と軽蔑して育った。
家族会代表の黒井秋夫さん(78)も、戦地より戻ってから約40年間、家族が貧困にあえぐ中で定職につかないでいる元陸軍兵の父親を「でくのぼう」と軽蔑して育った。
黒井秋夫さん
しかし父の死後、遺品から満州で「匪賊(ひぞく)討伐」に従事していたことを知る。日本軍に抵抗する中国兵らを「匪賊」と呼んで攻め討っていたのだ。同じ時期、同じ部隊にいた元兵士の手記には、人を殺すことを強いられ「人間の皮をかぶった獣に変わった」と記されていた。
戦争は、人の心をどう変えるのか。精神科医は、戦場で受けた強烈なトラウマは、生涯消えることはないと指摘する。しかし、日本では兵士の心の傷が長く「個人の弱さ」とされ、十分に顧みられないまま、その苦しみは家庭に委ねられてきた。
戦争は、人の心をどう変えるのか。精神科医は、戦場で受けた強烈なトラウマは、生涯消えることはないと指摘する。しかし、日本では兵士の心の傷が長く「個人の弱さ」とされ、十分に顧みられないまま、その苦しみは家庭に委ねられてきた。
カルテ
心の中で抹消してきた父の足跡
藤岡さんは今、封印してきた記憶を書き残し、公の場で語り始めている。そして、父が戦場で何を経験したのかを知ろうと、軍歴を取り寄せた。20歳で海軍に召集された父は、千島列島の松輪島を経て、終戦後はシベリアに3年間抑留されていた。藤岡さんは、その足跡をたどる。憎しみしかなかった父に、少しずつ別の感情が芽生えていく。
戦争は、戦場だけで終わるのではない。兵士が負った心の傷は、家庭に持ち込まれ、時に子どもたちの人生をも変えていく。戦後81年。父が連れて帰った戦争と向き合い続ける、一人の娘と家族たちの姿を追った。
藤岡さんは今、封印してきた記憶を書き残し、公の場で語り始めている。そして、父が戦場で何を経験したのかを知ろうと、軍歴を取り寄せた。20歳で海軍に召集された父は、千島列島の松輪島を経て、終戦後はシベリアに3年間抑留されていた。藤岡さんは、その足跡をたどる。憎しみしかなかった父に、少しずつ別の感情が芽生えていく。
戦争は、戦場だけで終わるのではない。兵士が負った心の傷は、家庭に持ち込まれ、時に子どもたちの人生をも変えていく。戦後81年。父が連れて帰った戦争と向き合い続ける、一人の娘と家族たちの姿を追った。
見過ごされ続けてきた日本兵の心の傷
本作の担当ディレクター・竹下洋平は、入社11年目の報道記者。初めて担当したドキュメンタリー『ザ・ドキュメント 出口なき部屋~介護離職 救いはどこに~』(2025年5月放送 視聴リンク:https://youtu.be/MhO-9_lfIKY?si=8EovV-FCGQrNb2oG)で第34回FNSドキュメンタリー大賞・特別賞を受賞している。
本作の担当ディレクター・竹下洋平は、入社11年目の報道記者。初めて担当したドキュメンタリー『ザ・ドキュメント 出口なき部屋~介護離職 救いはどこに~』(2025年5月放送 視聴リンク:https://youtu.be/MhO-9_lfIKY?si=8EovV-FCGQrNb2oG)で第34回FNSドキュメンタリー大賞・特別賞を受賞している。
入社以来、戦争報道をテーマの一つとして取材を続け、『newsランナー』(毎週月曜~金曜 夕方4時50分~放送 関西ローカル)で約4年前から毎年戦争に関する特集を企画。世界各地で講演活動を続ける被爆者の特集などを通じて、戦争の悲惨さ、平和への願いを伝える声を拾い上げてきた。
竹下ディレクターが藤岡さんの取材を始めたのは、約2年前に「PTSDの日本兵家族会」の証言集会を目にしたことがきっかけだった。戦争を体験した世代が次々に亡くなり、戦争の記憶が薄れていくことに危機感を抱く中で、藤岡さんのように、戦争体験者の“次の世代”が戦争のもたらす影響に声を上げている。
そのことに意味を感じ、戦後81年でようやく国の施設で心に傷を負った兵士に関する展示がはじまった今だからこそ伝えたい、と取材を重ねてきた。
「藤岡さん一家が、戦争で心に深い傷を負ったお父さんの暴力をきっかけに、ばらばらになってしまったというのは非常に重たいことです。そうした心に傷を負った兵士とその家族の悲劇が、これまで特に社会に気にも留められていなかった現実があります」と竹下ディレクターは語る。
そのことに意味を感じ、戦後81年でようやく国の施設で心に傷を負った兵士に関する展示がはじまった今だからこそ伝えたい、と取材を重ねてきた。
「藤岡さん一家が、戦争で心に深い傷を負ったお父さんの暴力をきっかけに、ばらばらになってしまったというのは非常に重たいことです。そうした心に傷を負った兵士とその家族の悲劇が、これまで特に社会に気にも留められていなかった現実があります」と竹下ディレクターは語る。
竹下洋平
2024年度、日本で戦後初めて「日本兵の心の傷」に関する実態調査が行われたが、戦時中に治療を受けた記録のない藤岡さん、黒井さんの父は、調査対象にすらならなかった。
竹下ディレクターは「心の傷を負っている兵士の存在は、戦時中から軍で認識されていながらも、戦後に至るまで隠蔽され続け、本人とそのケアをすべて押し付けられた家族が苦しんできました。戦中・戦後とずっと存在がなかったことにされてきて、ようやく調査をするとなった今でも、当時治療を受けなかったからと対象にすらされない」
「戦争を始めた国が最後の最後まで何も責任を取らないというのは、理不尽ではないでしょうか。きれいな言葉で“戦争の惨禍を繰り返さない”と、決まり文句のように言われますが、これまで国が起こした戦争によってどれほどの傷が生まれ続けてきたのかという現実を、きちんと直視していただきたいです」
「今年、“反省”という言葉は全国戦没者追悼式の式辞で使われませんでしたが、現実を直視して、二度と戦争をしないという未来に向けて考えていってほしいです」と話している。
竹下ディレクターは「心の傷を負っている兵士の存在は、戦時中から軍で認識されていながらも、戦後に至るまで隠蔽され続け、本人とそのケアをすべて押し付けられた家族が苦しんできました。戦中・戦後とずっと存在がなかったことにされてきて、ようやく調査をするとなった今でも、当時治療を受けなかったからと対象にすらされない」
「戦争を始めた国が最後の最後まで何も責任を取らないというのは、理不尽ではないでしょうか。きれいな言葉で“戦争の惨禍を繰り返さない”と、決まり文句のように言われますが、これまで国が起こした戦争によってどれほどの傷が生まれ続けてきたのかという現実を、きちんと直視していただきたいです」
「今年、“反省”という言葉は全国戦没者追悼式の式辞で使われませんでしたが、現実を直視して、二度と戦争をしないという未来に向けて考えていってほしいです」と話している。
戦争は戦場で終わらない。兵士が負った心の傷は家族をも傷つけていく。戦後81年を迎えた今、見過ごされてきた戦争被害の実態に光を当てる。
◇タイトル『ザ・ドキュメント 父は戦争を連れて帰った』
◇放送日時:2026年8月28日(金)25時15分~26時15分
<※8月29日(土)午前1時15分~2時15分>
◇スタッフ:
語り:豊田康雄(カンテレアナウンサー)
ディレクター:竹下洋平
撮影:平田周次
編集:堀田浩司
プロデューサー:宮田輝美
◇番組公式X:https://x.com/document_ktv
◇番組公式HP:https://www.ktv.jp/document/
◇放送日時:2026年8月28日(金)25時15分~26時15分
<※8月29日(土)午前1時15分~2時15分>
◇スタッフ:
語り:豊田康雄(カンテレアナウンサー)
ディレクター:竹下洋平
撮影:平田周次
編集:堀田浩司
プロデューサー:宮田輝美
◇番組公式X:https://x.com/document_ktv
◇番組公式HP:https://www.ktv.jp/document/
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