絶望の中でも「希望」を選んだ樹(草川拓弥)と「死」を選んだカトウ【ドラマ『地獄は善意で出来ている』】

絶望の中でも「希望」を選んだ樹(草川拓弥)と「死」を選んだカトウ【ドラマ『地獄は善意で出来ている』】

草川拓弥(超特急)主演『地獄は善意で出来ている』最終話レビュー


「世の中には、二種類の人間がいる。罪を犯す者と犯さない者。この二者を分ける境界線はどこにあるのだろう」

「環境?遺伝?運?……いや、どれも違う。希望を有しているかどうかがその二者を分かつのだ」


元受刑者たちが人生の再起をかけ、更生プログラムに挑んできた『地獄は善意で出来ている』(カンテレ/毎週木曜深夜0時15分~、フジテレビ/毎週木曜深夜0時45分~ ) が、ついに最終回を迎えた。プログラムの参加者である琥太郎(高野洸)の正体は、かつて樹(草川拓弥)が起こした傷害事件の被害者・虎徹(時任勇気)の弟だった。だがその裏には、正規の手続きを踏まずに戸籍を手に入れたという弱みを虎徹に握られ、逃れようのない状況に追い込まれていたという背景がある。

たった一人の兄を樹に奪われた琥太郎は、復讐(ふくしゅう)のターゲットとして彼を監視しつづけていた。しかし、さまざまなプログラムを通して、樹自身の素性や壮絶な過去を知るにつれ、琥太郎の心には変化が生まれる。樹もまた、兄の被害者だったのではないか──そう思い始めた琥太郎は、カトウ(細田善彦) と通じていた自分を犠牲に、樹と理子(渡邉美穂)を施設から逃がそうとする。
琥太郎を助けるために施設に戻った樹は、再びカトウたちに捕らわれ、毒入りのカプセルを強引に飲まされてしまった。制限時間は5分。殺し合いの末、生き残った一人にだけ解毒剤が与えられる。まさに「トロッコ問題」を想起させる、残酷な最終ミッションが突きつけられるのだ…!

樹たちだけでなく、我々視聴者をも翻弄しつづけてきたカトウとの最終対決の場は、屋上だった。
樹を信じて運命を託そうとした琥太郎の心を、カトウは執拗(しつよう)に揺さぶる。せっかく復讐(ふくしゅう) できるチャンスを手にしながら、樹を生かしたことをこの先後悔しないと言い切れるのか。さらに、罪を犯した樹と理子には“絶望”を突きつける。やり直しのチャンスを失った今、ふたたび犯罪に手を染めない確証はどこにあるのか、と。

「だとしても、俺は捨てない」

「希望だよ。昔誰かが言ってた。希望ってのは自然に湧くもんじゃなく、意志で持ち続けるものだと」
しかし、樹の言葉はあまりにも強かった。罪を犯した彼らだけでなく、現実を生きる私たちにとっても、ただ待っていれば自然と希望が湧いてくるような時代ではないのかもしれない。不安定な時代だからこそ、目の前に希望の光が見えたなら、諦めずに手を伸ばしつづける貪欲さが必要なのだと思う。
ドラマ『地獄は善意で出来ている』9話 小森琥太郎(高野洸)、高村樹(草川拓弥)

ドラマ『地獄は善意で出来ている』最終話 高村樹(草川拓弥)


「どうか元気でいてくれ。俺が言えることじゃないけど、飯、ちゃんと食ってくれ。風邪も引かないでくれ。どうか…どうか…笑っててくれ。少しでも」


復讐(ふくしゅう)、恨み、裏切り、軽蔑、失望──。殺伐としたプロジェクトに身を投じた彼らが辿(たど)り着いた先は、驚くほどに凪(な)いでいた。自分の本当の名前を打ち明けた樹は、初めて出会えた“仲間”に絞り出すように言葉を紡ぐ。  
命からがら逃げ延びたものの、再出発のチャンスを得られなかった彼らを待ち受けているのは、ハードな現実だろう。だが、そんな世界の中でも、自分の無事を祈ってくれる人がいる。ちゃんとご飯を食べて、病気にならないで、笑っていてほしいと願ってくれる人がいることは、なによりの希望だ。夢愛(井頭愛海)が編んだミサンガに微笑む彼らの幸せを願わずにはいられなかった。

ふたたび、第一話の冒頭と同じ言葉が繰り返される。最初に感じたような、この世のすべてを諦めたような響きには聞こえなかった。罪と罰、被害者と加害者をめぐる問いに、明確な答えはいまだ示されていない。だからこそ私たちは、その都度立ち止まり、考えつづける必要があるのだろう。
文:明日菜子
毎クール必ず25本以上は視聴するドラマウォッチャー。
『文春オンライン』『Real Sound』『映画ナタリー』などでドラマに関する記事を寄稿。
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