「いつこの世からなくなるかわからん」ソース専門販売店が心配する神戸の人気地ソース・ニッポンソースを作る岡本食品工業所を訪ねてみました。
神戸電鉄粟生(あお)線木幡(こばた)駅を出て、山裾の道を進むと瓶ケースが積まれた倉庫のような建物が見えてきます。この場所で、指名買いされているニッポンソースがつくられています。
取材日は、ソース作りの日ではないにもかかわらず、建物に足を踏み入れるとスパイスとソースの香りが漂っていました。いい香りに思わず大きく息を吸い込みます。
ニッポンソースは、基本的に一升瓶で飲食店などに卸すソースです。ですが、お好み焼き屋などでソースがおいしいことに気がついた人たちが、お店に置かれていたソースの瓶を見て探すように。そこで約10年前から、小売用の小さな瓶も用意するようになりました。それでも常連さんには、一升瓶が6本はいったケースを定期的に購入する熱狂的なファンもいるそうです。
人気の理由は、さっぱりしたシンプルな味でアレンジもしやすいということ。そのためお好み焼き屋はもちろん、串カツ屋、居酒屋、洋食屋などで好んで使われています。9種類のスパイスの量は多めでピリッとしており、ソースとしてはめずらしくトマトがはいっていません。
兵庫県在住の筆者も使っていますが、お好み焼きや焼きそばなど定番のほか、下味をつけて焼いたトンテキにウスターをツーッと垂らすだけで味が決まっておいしい。炒め物の隠し味に使うと味に深みが出ます。ソースを入れると全部ソース味になってしまうという固定概念が覆りました。
ニッポンソースをつくるのは、岡本食品工業所の三代目・岡本博文さんと奥様のおふたりです。仕込み当日の作業は6時間。材料を入れた大きな釜が焦げ付かないように混ぜ、冷めたら樽に移します。それから3日間寝かして、洗浄した瓶にソースを詰めてラベルを貼ります。全てが手作業です。「家内とふたりだけだから、量は出荷できないんです」と岡本さん。
さらに神戸市内の店舗には、岡本さんが自ら配達して、使い終わった瓶も回収しています。大変な作業ですが、酸化防止剤などを使用していないので昔ながらのリターナブル瓶にこだわっているのです(ペットボトルでは、どうしても空気がはいって酸化しやすいため)。直接配達できない北海道から宮崎までの遠方は、配送対応しています。
同社の創業は昭和20〜25年ごろ。当時は兵庫区でソースをつくっていましたが、岡本さんのお父さんが昭和50年(1975年)に継いだときに今の場所に引っ越してきました。それから約20年後に、岡本さんが引き継ぎます。
創業当初からレシピはほぼ変わっていません。「若干は変えていますけど、工程はもちろん、味もね、同じだと思いますよ。大きく変えると、固定のお客さんがね、困りますんで」と岡本さん。岡本さんは小学生の頃から、ラベル貼りを手伝ったりしていたそうです。
岡本さんは今年57歳。後継はいません。ニッポンソースの行く末を案じる声もあり、引き継ぎたいという人もいるそうです。ですが、岡本さんもまだがんばれます。
「まだ10年ぐらいはしたいですね。そうなるとその時に、いま継ぎたいと言ってくれてる彼らがするかどうかわからないですし…時代がどうなっているかもありますね。神戸の地ソース屋さんは、みなさん家族経営みたいな感じやから、1軒ずつたたまれていっているんですよ。人を雇う余裕はないですし。腰がね、腰痛がなければ全然大丈夫ですけど」と、現時点では先のことはわからないのでどうすることもできないと胸の内を明かしました。そんな岡本さんの支えになるのは、誇りとお客様からの声のようです。
「神戸の地ソースは全部食べていると思います。なんとなくあそこのやろうなってのは、食べたらわかるんです。他社さんのもおいしいけど、やっぱり自分のところのが一番おいしい。たくさん食べるならうちのが一番いいなって。この近所の人でも、ソース嫌いな人も『岡本さんとこのソースだけは食べれるわ』って言ってくれる人もいるんです」と目を細めました。
ニッポンソースは、ソース専門店「ユリヤ」(神戸市長田区)(オンラインショップでも購入可能)、農産物直売所「六甲のめぐみ」(神戸市西区)、一部神戸の酒屋さんなどで扱っています。
文:太田浩子
「美味しい」&「楽しい」関西の魅力をご案内。プライベートでは和菓子にハマっています。
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