無罪確定まで21年、甲山事件・山田悦子さんの半世紀の闘いを追った上田大輔ディレクターに聞く「司法と報道の責任」

無罪確定まで21年、甲山事件・山田悦子さんの半世紀の闘いを追った上田大輔ディレクターに聞く「司法と報道の責任」
『ザ・ドキュメント 冤罪(えんざい)・甲山事件 山田悦子 半世紀の闘い』が5月29日(金)深夜1時15分よりカンテレで放送されます。同作の題材となったのは、1974年の甲山事件です。

兵庫県西宮市にある知的障害児の入所施設・甲山学園で、浄化槽のマンホール内から、児童2人の遺体が発見された事件で、警察は保母として働いていた当時22歳の山田悦子さん(当時の姓:沢崎)を児童を殺害した容疑で逮捕します。山田さんはいったん不起訴になりますが、その4年後同じ容疑で検察が再逮捕し、起訴します。潔白の証明のために山田さんと支援者は闘い続け、無罪が確定した時は事件発生から25年が経過していました。

同作では、当時の貴重な記録映像も交えながら甲山事件を振り返っていきます。作品を手掛けたのは、「揺さぶられっ子症候群」の虐待冤罪事件を追った映画『揺さぶられる正義』(2025年)で国内外の賞を受賞した上田大輔さん。今回はそんな上田さんに、『冤罪・甲山事件 山田悦子 半世紀の闘い』について話を聞きました。

山田悦子さん

甲山事件は刑事司法の問題の縮図

――甲山事件とその犯人として冤罪をかけられた山田悦子さんを題材にしようと思われた、きっかけを教えてください。

2024年5月、知り合いのジャーナリストから「刑事司法に興味あるなら、甲山事件の山田さんが出席されている食事会があるので来ないか」と誘われたのがきっかけです。事件自体が風化しつつあり、山田さんも“メディアに出ない冤罪被害者”として有名だったことから、甲山事件を耳にする機会はほとんどありませんでした。食事会に参加させていただいたところ、山田さんは冗談を多く語り、場を盛り上げる方で印象が変わりました。失礼な言い方かもしれませんが、とてもチャーミングな女性でした。ただ、話の中には時折、法や権利の話もされていて、一人の法哲学者のような顔もお持ちでした。そんな食事会をきっかけに甲山事件について調べていくと、刑事司法の問題の縮図であることに気づかされたんです。
――それはどういったところですか。

自白を迫るやり方や、裁判の長期化、そして検察の証拠となった児童の目撃証言が後から作り出されているのではないかという点です。私が取材し続けているSBS(揺さぶられっ子症候群)事件とも似ていて、最初に事件(犯罪)があったことを前提に捜査が始まり、その方向でどんどん進んでいくと、事故など事件ではなかった可能性を示す証拠が出てきても、捜査過程で見逃がされているのです。甲山事件は今から52年前の出来事ですが、今も刑事司法が冤罪を生み続けている原因を問う上でも全然古くないと感じました。もう1点はメディアのあり方。当時は容疑者の名前を呼び捨てで報道している時代でした。呼称は変わっていますが、事件報道の根本は当時と今で変わっているのか。立ち止まって考えなおす機会にしたいをと思いました。
――作品の中でも、山田さんが疑われた際、犯人だと決めつけるような報道や誹謗中傷的な見出し・記事内容が掲載されたことが映し出されていますね。

警察からそうした情報が出て、それを報じていると思います。その構造は、実は今も変わっていないように思います。最初の逮捕報道は警察情報のみに依拠せざるを得ないので、伝えられることには限界もあります。かつてはプライバシーの概念も薄く、容疑者の住所も載っていましたし、見出しもかなり断定的なものが目立ちますね。でも「この事件の真相は一体何だったのか」の検証取材は、最初に逮捕報道をしたメディアの責任だと思います。昔の方が充実していたかもしれないと思うことがあります。おこがましい言い方になりますが、今回取材をして思ったのは、これだけ大きく報じてきた事件を、風化させてはいけないし、むしろこの事件が持つ教訓を伝え続けないといけないと感じました。

――法廷へ入っていく山田さんにリポーターたちが押し寄せたり、裁判所の敷地内で判決結果をカメラに向かって伝えたりする様子も、今では見ることができない光景です。

たしかに、ああいう取材はほとんど見なくなりました。背景の一つには、かつては認められていた裁判所敷地内での取材も今では認められなくなっている。司法がどんどん検証されにくくなっている状況でもあるかと。事件が注目されるのは良い面と悪い面があります。悪い面は当事者のプライバシーの問題とどうしてもセンセーショナルに伝えられがちであるところ。良い面としては、そうした報道により多くの人の目が司法へ向き監視になること。結局、閉鎖的になった司法に対して、国民は信頼しているというより無関心なんじゃないかなと思います。、“司法の監視”が全然できていない。冤罪を生む構造が続く一因となっているように思えます。

一人の人生が大きく変えられた

甲山

――作品の中には、当時の状況を伝える記録映像がたくさん登場します。

関西テレビのアーカイブが非常に充実していました。当時の事件であれほど記録が残っていることはまずありません。報道記者の先輩のどなたかが、この事件を追い続けようと思っていたのだと。その思いを受け継ぐ気持ちで、編集しましたね。

―アーカイブも含めて構成していく中で、どういった点を試行錯誤されましたか。

密室での自白強要、不起訴から一転再逮捕、知的障害児の元児童たちによる目撃証言、21年の長期裁判で3度の無罪。これほど異例尽くしの大きな事件でしたが、物証はおろか有力な証拠は何一つない珍しい事件でした。それがどのような形で行われていったかを1時間のドキュメンタリーで描くには、どうしても伝えるべきものを絞らなければならない難しさがありました。また、捜査や裁判については当時の映像も当然ありません。しかし、ここも伝えるべき重要な部分です。その一端を描くにあたり今回再現映像も制作し、視聴者に分かりやすく、かつ没入しやすい映像表現、事件に関心を持っていただける映像構成にチャレンジしました。
――一方で配慮しなければいけない面も多かったのではないでしょうか。

関係者のプライバシーへの配慮には最大限の注意を払いました。そのためイニシャルも多く登場しますが、慎重に作業を進めました。

――山田さんはやってもいない事件の犯人とされ、無罪が出ても控訴され、長年にわたって闘い続けました。こうしたことは誰の身にも起きるかもしれない、と恐ろしさを覚えます。一人の人間の人生が大きく変えられた。証拠が乏しい事件で裁判がずっと続けられたことの絶望感を覚えました。国家権力が21年という途方もない時間と労力をかけて山田さんを犯人にしようとしていたけど、蓋を開けたら有力な証拠は一つもなかったという恐ろしさ。しかも山田さんは無罪が確定されてから、支援者にこれ以上迷惑を掛けられないと国家賠償請求を取り下げました。つまり、山田さんには国から何の補償もなされなかったということです。しかし、山田さんのような経験は誰にでも起こり得るし、もし裁判官の巡り合わせによっては有罪にされ、今ごろ「開かずの扉」の再審を請求していたかもしれません。恐ろしいことです。

――番組内で山田さんが「今も事件から学び続けている」との話が印象的でした。

上田さんは同作の取材を通して、どのような学びがありましたか。初めは刑事司法とメディアがテーマになると考えて取材を始めました。ただ取材を進める中で、子どもや障がい者の人権について重い問いを突き付けられる題材でしたる。そういう意味では「日本社会の縮図」のような事件だと感じています。50年以上も前の事件ですが、今につながる課題をいくつも突きつけてきます。視聴者のみなさんにはあらためて、甲山事件を通して、法や人権、そして私たちが持つ偏見について考えてもらいたいです。

【上田大輔さん プロフィール】

1978年10月27日 兵庫県生まれ。早稲田大学法学部、北海道大学法科大学院卒業。2007年司法試験合格。2009年関西テレビ入社、社内弁護士として法務担当。2016年に報道局へ異動し記者に。大阪府政キャップ・司法キャップ等を経て現在「ザ・ドキュメント」ディレクター。ディレクター作品として、〈検証・揺さぶられっ子症候群〉シリーズ「ふたつの正義」(2018/日本民間放送連盟賞優秀・FNSドキュメンタリー大賞特別賞)、「裁かれる正義」(2019, 2020/日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞・坂田記念ジャーナリズム賞・文化庁芸術祭賞優秀賞ほか)、「引き裂かれる家族」(2023/座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル大賞・日本民間放送連盟賞優秀・ベネチアテレビ賞入賞ほか)に続き、「逆転裁判官の真意」(2023/地方の時代映像祭優秀賞・FNSドキュメンタリー大賞特別賞)、「さまよう信念 情報源は見殺しにされた」(2024/芸術選奨文部科学大臣新人賞・坂田記念ジャーナリズム賞・ギャラクシー賞奨励賞)など。揺さぶられっ子症候群(SBS)取材で日本民間放送連盟賞最優秀・ギャラクシー賞選奨、刑事司法の壁に挑んだ一連の検証報道でギャラクシー賞優秀賞を受賞。初めての映画『揺さぶられる正義』で「ワールドメディアフェスティバル」においてドキュメンタリー人権・社会正義部門で金賞。
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