こんにちは。報道センターで解説デスクをしています加藤さゆりです。
思春期・若年成人のいわゆるAYA世代の女性のがん治療と将来の妊娠についての取り組みについて今回はレポートします。
美容師のハルカさん(仮名・32)は、26歳の時、突然、仕事中に咳が止まらない症状に見舞われました。夜になると、足にかゆみも出て眠れなくなり…。
近所の内科と皮膚科を兼ねたクリニックを受診し、レントゲン検査をうけることになります。
咳止めとかゆみ止めの薬をもらえたらいいな。それくらいの軽い気持ちでいたハルカさんでしたが、医師からは思わぬ結果を告げられます。
「肺のあたりに腫瘍がある」
その日のうちに大きな病院へうつり、緊急入院。精密検査の結果、肺と心臓の近くに10センチほどの腫瘍があることが判明。
診断名は「悪性リンパ腫」。
いままで大きな病気をしたことがなく、健康には人一倍自信があったのに…。 驚きと絶望感で押しつぶされそうになったハルカさんは、仕事に夢中で多忙な日々を送り、多少の体の不調にも目をつぶってきた自分を反省しました。
医師から、今後の抗がん剤治療の説明を受けた時、ふと頭をよぎったことが。
「妊娠・・・」
当時、まだ結婚は考えていなかったけれど、抗がん剤治療による影響で、妊娠できなくなるかもしれないと聞いたことを思い出します。
医師には「確かに治療薬によって卵巣に影響はあるかもしれないが、あなたの命を守ることが先決」と言われました。ハルカさんの腫瘍は気管を圧迫していて、突然息ができなくなれば、最悪の場合、脳死に至るリスクがあったのです。非常に危険な状態で一刻も早い治療が必要でしたが、将来子どもができなくなるのは辛い…そう強く思ったハルカさんは、両親の後押しもあり、抗がん剤治療を始める前に「卵子凍結」することを決めます。
卵子の凍結後、半年にわたる抗がん剤治療を開始。造血幹細胞移植なども行って、4年前に腫瘍はなくなりました。ただ、治療によっておそらく卵巣は機能していないだろうと医師に言われ、いまは薬で強制的に生理をおこしています。
ことし3月に結婚したハルカさん。生活が落ち着いたら、凍結した自分の卵子を使って、不妊治療を始めようと考えています。
「あの時、凍結しておいてよかった」いまハルカさんは心からそう思っています。
ハルカさんのように、思春期から30代で発生するがんを「AYA世代のがん」とよび、AYA(アヤ)とはAdolescent&Young Adult(思春期・若年成人)の略で、15歳から39歳までを指します。就職や結婚、出産など大きなライフイベントと重なる世代ですが、毎年約2万人のAYA世代の人が、新たにがんの診断を受けるとされています。
男女で比較すると、女性のほうが多く、乳がんや子宮頸がん、白血病などが多くを占めます。
治療には、抗がん剤や放射線が使われることが一般的ですが、その時に卵巣などの生殖機能がダメージを受けることがわかっています。
妊娠するための力のことを「妊よう性」といいます。この妊よう性を保つためには、ハルカさんのようにがんの治療を始める前に、卵子や精子を凍結することが必要になりますが、費用も時間もかかるため、若い世代には大きな負担です。
一方で、治療の前に医師はガイドラインに沿って、患者に生殖機能への影響があることを説明することが求められるていますが、ガイドラインにも反映されていない新しい薬もどんどん開発されていて、どの薬がどの程度の影響を及ぼすのか、はっきりとわかっていないのが現状です。
また女性の妊よう性については、血液中のホルモン(抗ミュラー菅ホルモン:AMHなど)を測ることで卵巣機能への影響がわかりますが、そのような報告は少なく、ガイドラインに反映されていません。
そこで、これからのAYA世代のがん患者が、妊娠を諦めないための正しいガイドラインづくりに向けた研究プロジェクトが大阪で立ち上がりました。
研究は「大阪急性期・総合医療センター」の森重健一郎医師が主導で行い、全国のAYA世代の女性患者を対象に、それぞれの治療内容とその後の卵巣機能の関係を調査。集めたデータをもとに、AIを使って治療後の予測モデルも作成し、患者ごとに異なる妊よう性への影響を最小限に抑える治療法を考えるものです。
2024年3月に始まった研究には、2025年5月現在で39の医療施設が協力しています。
大阪急性期・総合医療センターでは、2028年に研究結果をまとめる予定で、森重医師は「がん治療は、もちろん治すことが大前提で、治療の成績はよくなっているけれど、若い人はがんが治ってからも、そのあとの人生が長い。がんにかかっても、家族を持ちたいという希望をかなえられる社会であってほしい。そのために、研究の重要性を一般の人にもわかっていただきたい」と話しました。
取材・文:加藤さゆり(カンテレ報道センター・解説デスク)
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