青木源太アナの心に残る「宝箱」嵐の活動終了後も「“きっと大丈夫”と思える」

青木源太アナの心に残る「宝箱」嵐の活動終了後も「“きっと大丈夫”と思える」
国民的アイドルグループの嵐が5月31日(日)をもって活動を終了します。『旬感LIVE とれたてっ!』(月~金 13時50分よりカンテレ・フジテレビ系で放送)のMCを担当する青木源太アナウンサーも、嵐の活動をずっと見続けてきた一人。5月18日(月)放送の『とれたてっ!』では、大阪で行われた嵐のラストツアーを訪れたファンに取材。また、6月1日(月)の『とれたてっ!』では、5月31日(日)のラストライブに寄せられた、ファンの声を特集します。(※エリアによっては放送がない場合があります。※都合により番組内容および出演者が変更になる場合があります。)
嵐の楽曲に励まされることも多くあったという青木アナは今、どのような思いがあるのでしょうか。青木アナに話を聞きました。

嵐の魅力は5人の“わちゃわちゃ感”

青木源太アナウンサー

――青木さんは5月に『とれたてっ!』で、嵐のラストツアーの大阪公演に来場されていたファンの方をインタビューされたそうですね。

嵐は2020年に活動休止、そして2025年5月の活動終了の発表を経て、ことし5月31日に活動を終了されます。そうした期間の中で、ファンのみなさんの一人一人が、自分なりに気持ちの区切りをつけていったことが分かりました。今でも残念な思いが消えない人ももちろんいらっしゃいましたし、「ありがとう」という感謝を口にする人も見られました。何より感じたのは、それぞれが胸の中に“宝箱”を持っていて、その中に思い出をたくさんしまっていること。楽曲やドラマ、ライブの思い出。私たちがマイクを向けてお話を聞かせていただいたとき、その宝箱を少しのぞかせていただいたような感覚になりました。

青木源太アナウンサー

――青木さんは、嵐の魅力はどういうところにあると思いますか。

嵐は、独特の5人の空気感を持っていらっしゃいます。自分は、“5人のわちゃわちゃトーク”からそれを感じています。歌って、踊って、ダンスをするのはSTARTO社に所属するグループのみなさんもやること。でも嵐はそこに、5人が紡ぎ出すわちゃわちゃした空気感があります。それがすごく特別に感じられますし、親しみも覚えます。嵐が国民的アイドルと呼ばれる存在になった理由の一つではないでしょうか。
――それが1999年のデビューからずっと続いていたということですね。

デビューしたばかりの5人の様子は、私は一人の視聴者としてバラエティー番組で見ていましたが、その当時の空気感は、大ブレイクしてからも変わらない気がします。私は2006年の日本テレビ入社以降、お仕事もご一緒させていただくようになりましたが、みなさんの仕事現場での様子は、カメラがまわっていても、まわっていなくても変わらないわちゃわちゃ感がありました。
――嵐と一緒に仕事をすることになったとき、どのように思いましたか。

入社してすぐ、『バンビ〜ノ!』(日本テレビ系)というドラマで主演を務められた松本潤さんとロケに行く仕事が最初だったのですが、あのときは自分のアナウンサーとしてのベースやスキルがなさすぎて、何かを考える余裕がまったくありませんでした。自分が未熟だったので、お相手が松本さんであろうと、芸人さんや俳優さんだろうと関係がなかったというか。ロケを成立させることで精一杯でした。2015年に『PON!』(日本テレビ系)という番組で司会を担当するようになり、それからの方が、嵐のみなさんと仕事をするときも落ち着いて相対することができるようになりました。
――『PON!』以前に、『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)でも進行役としてご一緒する機会はありましたよね。

『嵐にしやがれ』では、嵐の5人とイントロ対決をやりました。同じ事務所のグループの曲を当てるという企画で、嵐の5人対自分1人で対決して勝ったんです。そこで嵐のメンバーやファンのみなさんに「このアナウンサーは、嵐ファンなんだ」ということを知っていただけたように思います。

“嵐のまえの静けさ”は知っていますが、嵐の後に何が待っているのかは分からない

――そんな思い出深い嵐の活動終了が発表されたとき、青木さんはどのように思いましたか。

嵐の曲にありますが、まさに“感謝カンゲキ雨嵐”。生き方を決めるのはご本人たち。5人が決めたことを当然ながら尊重します。一方で、何かの情報に接したときすぐに消化できる人なんていないと私は思います。口に入れて味わって、咀嚼(そしゃく)して、飲み込んで、消化してという流れがある。そのスピードは人それぞれですが、その中でも私は割合すぐに受け入れた方です。素直に「そうなのか」と。
――青木さんが嵐から受けた影響は、どういうものですか。

楽曲に励まされてきました。活動終了を割合すぐに受け入れることができたのも、楽曲とそれに付随する自分の思い出がいつまでも残るから。自分にも宝箱があって、そこをのぞけばいつでもたくさんの思い出が入っている。特に思い出深い曲は「Still...」(2007年)です。別れをテーマにした曲ですが、「また会えるよね」という前向きな思いが込められています。日本テレビを2020年に退社したときも「Still...」をずっと聴いていたので、今でも曲を聴くとあの日を思い出します。

青木源太アナウンサー

――なるほど。

辞めるという決断に対しては「よし、これからもやってやろう」という気持ちでしたが、日テレのアナウンス部の仲間と離れることに対するセンチメンタルさはあって、でも「また、会えるよね」と前向きな別れにしてくれたのは「Still...」のおかげでした。別れの際に日テレの仲間が贈ってくれた言葉や表情が思い出されます。人生の節目節目に励ましてくれた曲がたくさんあり、すべてが自分の宝物。嵐の活動が終了しても、それはずっと残るものです。
――今後の嵐のメンバーの活動に期待することはありますか。

活動休止から活動終了までの流れなど、みなさんが話し合って、そしてそれぞれの感じ方もあって決断したことだと思います。人生ってそういうものですよね。“諸行無常”と言いますか。嵐のみなさんも年齢を重ねていくなかで、これまでとはまた異なる考え方が生まれるでしょうし、違った景色を見せてくれるようにも思います。お芝居やテレビ番組なのか、それとも全然違う道なのか。5人それぞれがどんなものを見せてくれるのか、純粋に楽しみです。心のままに生きてほしいです。
――6月1日(月)からは、嵐がいない日常が始まります。『とれたてっ!』でも、6月1日(月)の放送で、ラストライブを見守るファンの声を取り上げるそうですね。

私が高校1年生のとき、嵐がデビューしました。それからは嵐のいない世界を知らずに生きてきました。“嵐のまえの静けさ”は知っていますが、嵐の後に何が待っているのかは分からない。でも、これからも私が好きなたくさんの楽曲が前に踏み出す勇気と力を与えてくれるはず。今後、もしかしたら「寂しいな」「心にぽっかり穴が開いたな」という気持ちになるかもしれない。でも“きっと大丈夫”。嵐のことを感じながら、これからもがんばっていきます。
取材・文:田辺ユウキ
芸能ライター。大阪を拠点に全国のメディアへ寄稿。お笑い、音楽、映画、舞台など芸能全般の取材や分析の記事を執筆している。
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