鬼塚英吉(反町隆史)が選んだのは、拳ではなく頭を下げること。ドラマ『GTO』最終回が示した“本当の強さ”
ドラマ『GTO』(毎週月曜 午後10:00~/カンテレ・フジテレビ系全国ネット)の最終回が9月28日に放送されました。
今回の『GTO』は、反町隆史主演の連続ドラマとしては1998年夏以来の新作になりました。私立誠進学園に赴任した「グレートティーチャーオニヅカ(Great Teacher Onizuka)」こと元暴走族の教師・鬼塚英吉(反町隆史)は、生徒が教師を評価する「教師フィードバック制度」や、配付されたタブレットに生徒全員が目を落として自分を見てくれない雰囲気に戸惑います。
また、夫婦関係も崖っぷち。それまで学校を次々クビになってきた鬼塚に愛想を尽かせた妻・あずさ(松嶋菜々子)は、「次の学校は絶対やめないって約束してくれる? もちろん“グレートティーチャー”とは何かって答えもちゃんと出してよね。それがダメだったら…」と離婚届を突きつけ、実家に帰ってしまいました。
学校と家庭の問題に頭を悩ませる鬼塚ですが、生徒一人一人が抱える悩みや葛藤と向き合うことで、信頼を勝ち取っていきます。そして「グレートティーチャーとは何なのか?」という問いの答えに近づいていきます。
また、夫婦関係も崖っぷち。それまで学校を次々クビになってきた鬼塚に愛想を尽かせた妻・あずさ(松嶋菜々子)は、「次の学校は絶対やめないって約束してくれる? もちろん“グレートティーチャー”とは何かって答えもちゃんと出してよね。それがダメだったら…」と離婚届を突きつけ、実家に帰ってしまいました。
学校と家庭の問題に頭を悩ませる鬼塚ですが、生徒一人一人が抱える悩みや葛藤と向き合うことで、信頼を勝ち取っていきます。そして「グレートティーチャーとは何なのか?」という問いの答えに近づいていきます。
『GTO』最終話 反町隆史
鬼塚が選んだのは、拳ではなく、頭を下げること
最終回では、鬼塚の担任クラス・1年B組で孤立している佐藤颯真(難波碧空)が、ある事件に関わったとして警察に連れて行かれる出来事が発生。鬼塚は、颯真が退学処分にならないよう、自らが批判の矢面に立とうとします。そんな鬼塚の姿勢に颯真は心を揺さぶられ、クラスメートと打ち解けていきます。
『GTO』最終話
この最終回は“令和の鬼塚英吉”の姿勢をもっともよく表していたのではないでしょうか。1998年版の鬼塚は、腕っぷしの強さに頼るところもありました。体と心の両方でぶつかることで、鬼塚は生徒たちとの間にある溝を埋めていったのです。しかし“令和の鬼塚”はアップデートされていました。第10話で、元教え子で誠進学園の出向職員・宮澤龍之介(工藤阿須加)と言い争いになったとき、「俺はもう誰も殴らないって決めたんだ」と口にしています。かつては体ごとぶつかることで生徒たちと向き合っていた鬼塚が、今は「殴らない」という選択をするようになったのです。
鬼塚は、颯真につきまとう不良グループの元へ行ったときも、「二度と颯真に関わらないでくれないか?」と土下座をします。28年前の鬼塚であれば、真っ先に力ずくで相手をねじ伏せていたかもしれません。しかし今の鬼塚が最初に選んだのは、拳ではなく、頭を下げることでした。
大切な人のために頭を下げる――。それが今の鬼塚のやり方です。そして、その姿はものすごく頼もしく感じました。
鬼塚は、颯真につきまとう不良グループの元へ行ったときも、「二度と颯真に関わらないでくれないか?」と土下座をします。28年前の鬼塚であれば、真っ先に力ずくで相手をねじ伏せていたかもしれません。しかし今の鬼塚が最初に選んだのは、拳ではなく、頭を下げることでした。
大切な人のために頭を下げる――。それが今の鬼塚のやり方です。そして、その姿はものすごく頼もしく感じました。
『GTO』最終話 反町隆史、難波碧空
『GTO』は鬼塚個人ではなく、今を生きる全員の物語
もちろん、1998年版の鬼塚が間違っていたということではありません。当時の鬼塚には、理不尽な大人や学校に真正面からぶつかっていく若さと勢いがありました。それが、あの時代の『GTO』の痛快さでもありました。
ただ、52歳になった鬼塚は、力で相手をねじ伏せることだけが“強さ”ではないと気づきます。誰かを守るために、まず対話をすること。そして頭を下げること。自分が悪者になることもできます。28年という時間は、鬼塚から強さを奪ったのではなく、強さの形を増やしたのではないでしょうか。
ただ、52歳になった鬼塚は、力で相手をねじ伏せることだけが“強さ”ではないと気づきます。誰かを守るために、まず対話をすること。そして頭を下げること。自分が悪者になることもできます。28年という時間は、鬼塚から強さを奪ったのではなく、強さの形を増やしたのではないでしょうか。
『GTO』最終話 反町隆史、難波碧空
現実では、世界中で争いが絶え間なく起きています。SNSでは毎日のように、誰かが誰かを激しく攻撃しています。これはあくまで筆者の感覚ですが、世の中すべてが攻撃的に感じることがあります。相手より強い言葉をぶつけること。言い負かすこと。屈服させること。そうやって相手に勝つことが、“強さ”のように見えてしまう瞬間もあります。
だからこそ筆者は、52歳になった鬼塚が見せた「頭を下げる」という行動に、28年前とは違う格好良さを感じました。頭を下げることは、相手に負けることではありません。自分のプライドよりも守りたいものを優先する。そのために、殴る力ではなく、対話する力を使う。今の鬼塚にとって、それもまた“強さ”なのではないでしょうか。
今回の『GTO』は、“本当の強さとは何か”を問い直す物語でもあったように思います。1998年版を知る視聴者の中には、今回の『GTO』の方向性に戸惑いを覚えた方もいたかもしれません。それでも、かつての鬼塚をそのまま現代によみがえらせるのではなく、28年という時間の経過と時代の変化を受け止めながら、“令和の鬼塚英吉像”を作ろうとした。その挑戦に、今回の『GTO』を制作した意味があったのではないでしょうか。
だからこそ筆者は、52歳になった鬼塚が見せた「頭を下げる」という行動に、28年前とは違う格好良さを感じました。頭を下げることは、相手に負けることではありません。自分のプライドよりも守りたいものを優先する。そのために、殴る力ではなく、対話する力を使う。今の鬼塚にとって、それもまた“強さ”なのではないでしょうか。
今回の『GTO』は、“本当の強さとは何か”を問い直す物語でもあったように思います。1998年版を知る視聴者の中には、今回の『GTO』の方向性に戸惑いを覚えた方もいたかもしれません。それでも、かつての鬼塚をそのまま現代によみがえらせるのではなく、28年という時間の経過と時代の変化を受け止めながら、“令和の鬼塚英吉像”を作ろうとした。その挑戦に、今回の『GTO』を制作した意味があったのではないでしょうか。
『GTO』最終話 松嶋菜々子
ラストでは「グレートティーチャーとは何なのか?」という問いに対する答えを、鬼塚一人が導き出すのではなく、私立誠進学園の教師や生徒たちもそれぞれに見つけていきます。鬼塚が生徒を変え、生徒が鬼塚を変え、さらに周囲の大人たちも変化していく。今回の『GTO』は鬼塚個人ではなく、今を生きる全員の物語だったのです。
『GTO』最終話 生見愛瑠
『GTO』最終話 反町隆史
文:田辺ユウキ
芸能ライター。大阪を拠点に全国のメディアへ寄稿。お笑い、音楽、映画、舞台など芸能全般の取材や分析の記事を執筆している。
芸能ライター。大阪を拠点に全国のメディアへ寄稿。お笑い、音楽、映画、舞台など芸能全般の取材や分析の記事を執筆している。
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