京アニ事件を追ったドキュメンタリー『猛火の先に』 ディレクターインタビュー
2023.08.25
9月1日(金)深夜1時25分から『猛火の先に~京アニ事件と火を放たれた女性の29年~』を放送します。
取材を担当した報道センターの原佑輔ディレクターは4年前の夏、この事件の発生時は京都支局長でした。現場や警察署で、関係者から精力的に話しを聞き、以来、転勤を経てもこの事件と常に向き合い、関係者を取材し続けています。
― 番組の、一方の主人公である鳥取大学医学部附属病院・高度救命救急センターの上田敬博教授は、事件の青葉真司被告の主治医。なぜ彼を取材対象に?
全身の93%のやけどを負った青葉被告は当初「とても助からない」と思われていました。上田医師はやけど治療の第一人者ですが、多数の人を死に追いやった青葉被告への治療はどのような思いを抱きながら行われたのか。また、他の医師や看護師など、医療チームの方々の声も聞いてみたかったし、事件のその先につながるものを伝えたいと思いました。
― 人命を救う医師としての使命と、結果として凶悪事件の被告を助ける事への複雑な思いが言動から垣間見えます。
3年半の継続取材で、ふとした瞬間に医師やチームメンバーの素直な感情がうかがえました。それぞれの複雑に揺れる事件への思いは理解できたし、番組の中でしっかり描けたと思います。
― 結果として青葉被告を救うためのノウハウが、新たな患者を救う事へつながりました。
青葉被告よりひどい95%のやけどを負った患者さんの救命につながったことは率直に驚いたし、治療の方法を進化させて広めていこうとしている上田教授の活動は、取材をして伝えたいと強く思うようになりました。
京アニ事件の被害者遺族の方々は、後輩記者も含めて精力的に取材をしていて、様々な声を伝えることができています。しかし、32人の重軽傷者については他のメディアも含め、その苦しい胸の内がほとんど伝えられていません。そんな時に新全国犯罪被害者の会「新あすの会」のメンバーである岡本さんと知りあいました。同様に重いやけどで何度も手術を受け、事件から30年近く経つのに今も苦しんでおられる。被害者を取り巻く現状を聞けば聞くほど、犯罪の被害者に共通する苦しみがあることを知り、そのことを伝えなくてはと思いました。
― 犯罪被害給付制度があるし、加害者に民事請求することも。
給付金は事件によって損なわれた日常生活を補うには十分とはいえません。交通事故の被害者を救済する法律に基づき、すべての自動車に加入することが義務付けられている自賠責保険と比べ物にならないのです。また、民事で損害賠償請求して裁判で認められても、殺人罪で1割程度、強盗殺人罪ではもっと低い金額しか支払われていない実態があります(2018年日弁連調べ)。加害者に資力がないんです。被害者は二重、三重に苦しむことになります。
― 犯罪被害は他人事でなく、いつ、どこで、誰があうか、分かりません。
自賠責保険のように、犯罪被害者をしっかり支える国家的枠組みが必要だと感じます。
私は京アニ事件の直後、焼けた現場に立ち、言葉がありませんでした。メディアスクラムを起こさないように、ご遺族に対してテレビ・新聞それぞれの代表社が取材に対する意向を確認するなど、新たな取り組みを行いましたが、それが十分だったかどうかはわかりません。それでもこの事件にちゃんと向き合いたいと思い、以来、東京勤務時も大阪本社に戻ってからも、ご遺族に会ったり上田医師に会ったり、様々な関係者のもとへ出向き、お話を伺い取材を続けてきました。
― それって、メディア組織に組み込まれると、出来そうで出来ないのでは。
会社に理解があったのと、同僚や先輩後輩の協力のおかげです。取材を積み上げることができ、一過性ではない内容に仕上がったと思っています。
― これからの既存メディアは、たまたま現場に居合わせた一般の方々によるスマホ撮影などでの臨場感や速報発信に太刀打ちできない時代に。
目の前の出来事を伝える第1報だけでなく、当事者との信頼関係に基づく1.5報や第2報など、腰を据えた報道が求められていると感じています。ニュース番組での特集をはじめ、私たち既存メディアが出来る事はまだまだたくさんあります。
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