AIが答えをくれる時代に、反町隆史演じる鬼塚英吉は何を教えるのか。28年ぶり連続ドラマ『GTO』が描く教師の役割

AIが答えをくれる時代に、反町隆史演じる鬼塚英吉は何を教えるのか。28年ぶり連続ドラマ『GTO』が描く教師の役割
「今の時代、自分を通そうとすればするほど、めげそうになるんです」

7月10日(金)にユナイテッド・シネマ豊洲で開かれた『GTO』の第1話試写会・制作発表会見で、このドラマの脚本家・遊川和彦さんはそのように語りました。遊川さんの言葉から、新作『GTO』が伝えようとしていることを考えます。
7月20日(月)よる10時よりスタートしたドラマ『GTO』。今回は、1998年夏に放送されて以来の連続ドラマとなる完全新作です。反町隆史さんが演じる元暴走族の破天荒教師・鬼塚英吉の奮闘を描いた学園ドラマで、今回は鬼塚が新たな赴任先・私立誠進学園の教壇に立ちます。
ただ、かつての時代とは異なる生徒の雰囲気に戸惑い、鬼塚のペースは狂いっぱなし。フィジカル重視の鬼塚の教育スタイルは果たして通用するのか――という物語になっています。

「鬼塚英吉は伸び代がある人間」

遊川さんは1998年版でも脚本を担当されました。ご自身が「脚本家としては型破りな面があるからこそ、鬼塚に感情移入ができる」と言います。
1998年版では、家庭内の不協和音に悩む生徒の自宅に押し入って、ハンマーで壁を壊して見せることで家族それぞれの関係性を阻む“壁”を取り払おうとしました。実際にはそんなことがあってはいけませんが(笑)、28年前のそうした描写は、視聴者もフィクションとして楽しむことができました。

『GTO』第1話 鬼塚英吉(反町隆史)

ただ、コンプライアンスが重視され、その意識が浸透した今の時代。フィクションであっても、視聴者はそうした場面を見ると本能的にヒヤリとするのではないでしょうか。
『GTO』の脚本を手がける遊川さんは、そんな時代の風潮の中でストーリーやキャラクターを作っていく難しさを感じていたように思います。それが「今の時代、自分を通そうとすればするほど、めげそうになる」というコメントに現れていた気がしました。それでも遊川さんは、時代の風潮を制約として受け取りませんでした。記者会見では「鬼塚は、これからの時代に向けてもっと伸び代がある人間なんだと、脚本を書いていて気づきました」と前向きに捉え、アップデートに努めたのです。

『GTO』第1話 鬼塚英吉(反町隆史)、片山健太(森本陸斗)

「今の時代に鬼塚英吉というキャラクターが生きていて、本当に良かった」との言葉には、鬼塚の教え方はともすれば「旧時代的」であることを認める姿勢が表れています。しかし、だからこそ今の時代の考え方を取り入れることで、まだ成長できる余地を秘めているという期待が込められているのではないかと筆者はとらえました。
遊川さんのこうした発想は、長年積み重ねてきた考え方を持つ人ほど、耳を傾けたい姿勢と言えます。それまでの経験が背景にあるため、自分の信念をそう簡単に曲げることができない人も多いと思いますが、あまりに我を強く持ちすぎると、気付かないうちに時代から遠ざかってしまう可能性があります。

『GTO』第1話 片山健太(森本陸斗)

時代に合わせ、他人の意見を幅広く受け入れる柔軟な姿勢は、年齢を重ねれば重ねるほど意識するべきなのではないでしょうか。「自分を通そうとすればするほど、めげそうになる」という言葉は、自分を通すことの難しさとその大切さだけではなく、そうすればするほど社会との断絶が浮き彫りになるシビアな現実を表しているように聞こえました。

先生の“生の感情”が正解・非正解のあり方を左右

反町さんは、50代になった鬼塚を演じる上で「いかに説教臭くならないか」を重視していたと話していました。鬼塚として生徒にきっちりと寄り添い、同じ目線で学校生活を送る。1998年版のときもそうした意識のもとで鬼塚役を務めていたそうですが、当時と現在とでは“生徒が頼りにするもの”もガラッと変化しています。そのため鬼塚も、軸はブラさずに現代の生徒との距離を縮めることができるか鍵になっていきます。
1998年版当時は、困ったこと、分からないことがあれば大人を頼りにする機会が多くありました。しかし現在はAIに質問を投げ掛ければ、知りたい情報や一定の答えを効率よく得られる時代です。

『GTO』2話 伊藤結(稲垣来泉)

一方で先生をはじめとする大人が相手となると、 AIのように効率的にはいきません。そこに“生の感情”がぶつかりあうことで、ときには遠回りしながら、知るべき答えに辿り着くこともあります。
余談になりますが、昔の授業で、答えを間違えただけで先生に叱られることはありませんでしたか?学校の場においては、本来であればそんなことがあってはなりません。間違えることも“正解”なのです。しかし、AIどころかネットも発達していなかった時代、先生の“生の感情”が問いの正解・非正解のあり方を大きく左右する部分もありました。知識だけならAIで補うことができます。ただ鬼塚が届けるのは、単なる答えではなく、人と向き合うことの意味なのかもしれません。令和の生徒たちに、その思いがどのような形で届くのか楽しみにしたいです。
文:田辺ユウキ
芸能ライター。大阪を拠点に全国のメディアへ寄稿。お笑い、音楽、映画、舞台など芸能全般の取材や分析の記事を執筆している。
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