『M-1グランプリ2024』準優勝で一躍、全国区の人気コンビになったバッテリィズ(エースさん、寺家さん)。2025年のブレイク候補芸人のランキングでも必ず上位くるなどし、実際にテレビ出演、CM出演も次々と決まっています。
そんなバッテリィズもノミネートされた、2025年4月12日の漫才賞『第60回上方漫才大賞』新人賞。
追い風が吹きまくっている二人だけに、この新人賞は本命中の本命と見られていました。
バッテリィズの大目標は、2025年末に待ち受ける大舞台。その弾みをつける意味でも『第60回上方漫才大賞』新人賞は絶対に獲りたかったと思います。
ただ『M-1』に関して言えば、前年決勝で好成績を残してブレイクした漫才師たちが、2年連続でファイナリストに選ばれるケースはかなり少ないです。準決勝まで進めないことも多々あります。その原因の一つとして、1度結果を残したことで、ネタのパターン、キャラクターなどが広くバレてしまうから。つまり“身バレ”してしまうということ。だからこそ前年のファイナリストは、審査員や見る者の「この人たちはこういう漫才をする」という想定をはるかに超える漫才を見せなければならないのです。
もちろん“身バレ”の良さもあります。筆者は2022年、モグライダーをインタビューしました。
当時のモグライダーは、2021年『M-1』でトップバッター史上最高得点(当時)を叩き出すなどして一躍人気コンビに。芝大輔さんが仕掛けるゲームに、ポンコツキャラ・ともしげさんが素で間違えていくアドリブ的展開が武器だということが知れ渡りました。
筆者は、“身バレ”したことでやりにくくなるのではないかと質問しました。そうすると芝さんは「初見時ほどの驚きはないかも」としながら、「僕らのネタは、こっちのキャラクターがどういうものか分かってもらった方が、笑いやすいんじゃないかと考えています」と話していました。要は、ネタの中に「自分たちはこういう者なんですよ」と紹介をするくだりを入れる必要がなくなる上、ネタの内容もスッと入ってきて笑いやすくなるということなんです。たしかにそれは大きなメリットと言えるでしょう。
では、バッテリィズはどうなのか。エースさんがアホかつピュアなキャラクターということ。そんなエースさんに、クレバーな寺家さんが物事を教え込んでいくこと。それがバッテリィズのネタのパターンであることは、すでに“身バレ”しました。
『第60回上方漫才大賞』のバッテリィズがすごかったのは、その“身バレ”を踏まえてネタが制作されている点でした。たとえばこれまでは、序盤にエースさんがどれだけアホでピュアなのかをあらわす、つかみのエピソードが入っていました。でもこの日のネタはそれが省かれて、本題に入っていきました。
さらに本題のネタのやりとりの仕方もかなり変わっていました。2024年の『M-1』で披露していたのは、寺家さんがエースさんに教養的なことを必死に伝えるも、アホでピュアすぎるエースさんにはまったく届かないというもの。それがモデルチェンジしていたのです。
ネタの中で寺家さんは「お酒が一滴も飲めない」と言いますが、その「一滴」はいわゆる言葉のニュアンス的なもの。ちょっとくらいは飲めるけど基本的には飲めない、という意味での「一滴」です。しかしエースさんはそのニュアンスがくみ取れない。なぜならそれはアホでピュアだから。このように別のアプローチでの「アホ漫才」へのアップグレードが完了していたのです。その上でネタ後半は、エースさんのアホさを逆手に取って、寺家さんの賢さが暴走し、ムキになり、論破する“キャラ変”を見せます。
「みんなが知っているバッテリィズ像」を大きく上回るネタになっており、筆者個人は圧倒されました。このパフォーマンスを見て、間違いなく2025年『M-1』の王者にもっとも近い存在だと思いました。
そんなバッテリィズに競り勝ったのが、豪快キャプテン(べーやんさん、山下ギャンブルゴリラさん)です。
「おでん」を題材とするネタは筆者もつい先日、よしもと漫才劇場で鑑賞していました。劇場は、どっかん、どっかんとウケていました。その光景を知っていたので、『第60回上方漫才大賞』でこのネタをやりはじめたとき「あ、絶対に勝てる」と早々に確信しました。それでも今回はバッテリィズという大本命がいました。ですので今回の新人賞受賞は、立ち位置的には大金星と表現しても良いでしょう。
大会終了後の記者会見で豪快キャプテンの山下さんは、強烈な破壊力を誇る傑作「おでん」の誕生経緯について、このように語っていました。3月16日から始まった全国ツアーの前日「まったくネタがない」と困っていたところ、喫煙所に一緒にいた例えば炎のタキノルイさんから「おでんはどうですか」とヒントをもらい、その場でイメージを膨らませてネタを作り、舞台でやってみたと振り返っていました。
ちなみに豪快キャプテンは2024年『M-1』3回戦で、「小さいカバン」というネタを披露しましたが、筆者が2024年末におこなったインタビューで同ネタについて「その日の公演でやるネタがなくて、そのとき、劇場の楽屋に20世紀のしげが小さいカバンを持って入ってきたのを思い出して、喫煙所で考えて作った」と話していました。「おでん」然り、「小さいカバン」然り、豪快キャプテンの代表的なネタは喫煙所でのとっさのひらめきから作られるものなんです。
ちなみに豪快キャプテンのネタのパターンは、べーやんさんの何気ない言葉に対して山下さんが異常な火力で反応し、逆ギレしたり、抵抗したりするもの。その怒り狂いぶりは計算された感じではなく、本当に、その日、その時、その場でのリアルな山下さんのリアクションみたいなんです。そのリアルさはもしかすると、練りに練られたのではなく、とっさのひらめきから生まれたネタだからこそなのかもしれません。
バッテリィズを撃破して『第60回上方漫才大賞』新人賞に輝いた豪快キャプテン。2025年の『M-1』決勝で、大爆笑をとっている豪快キャプテンの姿が目に浮かんでいるのは、筆者だけではないはずです。
文:田辺ユウキ
芸能ライター。大阪を拠点に全国のメディアへ寄稿。お笑い、音楽、映画、舞台など芸能全般の取材や分析の記事を執筆している。