『第60回上方漫才大賞』で奨励賞に輝いた、ヘンダーソン(子安裕樹さん、中村フーさん)。奨励賞とは、大賞受賞経験がない漫才師を対象とするもので、今回はヘンダーソンほか、カベポスター、ダブルヒガシ、天才ピアニスト、マユリカがノミネートされていました。
カベポスター、ダブルヒガシ、天才ピアニストはさまざまな賞を獲得しており、マユリカも2023年、2024年の『M-1』ファイナリストです。その4組に比べると、ヘンダーソンのタイトル実績はそこまで目立ってはいませんでした。それでも『第60回上方漫才大賞』では圧倒的な強さで奨励賞を獲得しました。
そんなヘンダーソンの持ち味は、ネタの中に伏線を散りばめまくってそれらを次々と回収していく展開です。ちなみにこの日、ヘンダーソンが披露したのは、法外な金額が請求されるぼったくりバーを題材とした内容でした。
これはヘンダーソンのスタイルの一つなのですが、すんなりと漫才コントの設定には入っていきません。たとえばフーさんが「最悪なことがあって」と、「ぼったくりバー」の漫才コントに入っていくためのフリを作るのですが、子安さんがその話を受けて、自分自身の経験談もかぶせて聞き取りづらくし、そのせいで本題になかなか進まないくだりを入れます。
さらに「ようやくこれから漫才コント『ぼったくりバー』の設定に入っていきますよ」と“リアル”から“フィクション”に切り替えるタイミングになっても、子安さんが妙に引っかかるせりふを口にしてしまうため、フーさんがツッコミをいれざるを得なくなります。この「全然話が進まへんやん!」というやり取りがとにかく笑えるのです。
ただ、こういう漫才コントのフォーマット自体をパロディ化する展開は、ヘンダーソンの大きな武器。もっと言えば、これは漫才における一つの発明だと筆者は以前から思っています。ヘンダーソンはもともと抜群のおもしろさを誇っていたのですが、「石焼きいも」の歌ネタでプチブレイクした影響からか、漫才面では思っているほど高く評価されてこなかった印象でした。2023年の『M-1』敗者復活戦あたりからようやく、テクニカルなところがクローズアップされるようになった気がします。
すんなりと漫才コントに進んでいかないやり取りの中にも、後々に効いてくる伏線を入れるなどすることから、ヘンダーソンの漫才はトリッキーに感じられたりもします。ただボケを3回繰り返してからツッコミがはいるなど、「お笑いの基礎」を丁寧にやっているんです。だから見ていてもリズミカルというか、いろんな伏線が含まれていながらも見ている側にスッと入り込んできます。
筆者が特に印象的だったのが中盤、子安さんがフーさんに対して「ぶーぶー言うなや、死ねや」「やめろ、死ねや」と言うところ。子安さんが口にする暴言に、フーさんは「罪悪感ないんか!」と抗議し、笑いが起こります。
しかし今、漫才やコントではこういう「死」という言葉を使ったボケやツッコミについては再考傾向にあります。
たとえば2024年『THE SECOND』準優勝のザ・パンチはかつて、パンチ浜崎さんの言動に対してノーパンチ松尾さんが「お願い、もう死んで」とツッコミや合いの手をいれることで、ウケをとっていました。同コンビの代名詞的なツッコミでした。しかし2011年に起きた東日本大震災を機に、そういった言葉を使うことに躊躇い(ためらい)を持ち、「お願い、もう死んで」を封印することに。
「死」を絡めた言葉は、時代と共に配慮が強く求められるようになったのは確かです。その上で芸人たちは、責任を持ってそういった言葉をネタ中に口にするようになった気がします。『第60回上方漫才大賞』でも、新人賞のぐろう、奨励賞のダブルヒガシ、マユリカなどは明確に「死」を絡めるツッコミをしていました。新人賞、奨励賞あわせて12組が出場する中、ヘンダーソンをのぞいても3組が「死」を絡めるツッコミをしたのは、数的にかなり多い方だと思います。
ただ、前述3組はツッコミとして「死」を使っていましたが、ヘンダーソンに関しては「死」という言葉を使うことへの疑問が語られていました。それがヘンダーソンと他3組との大きな違いであり、コンビの人柄な気がしました。
子安さんの「ぶーぶー言うなや、死ねや」といったせりふに対するフーさんの「罪悪感ないんか!」というツッコミは、ネタとして「死」を絡めた言葉を使うことの自由さについて、そしてネタであってもそういう言葉への配慮・責任が必要であることについてなど、現在のさまざまな風潮を取り込んだ上での「笑い」に感じられました(もちろんご本人たちはそういった考えはないと思いますが)。
ネタの中にいろいろ考えさせられる要素もあって、とにかくヘンダーソンのこの日の漫才はすごかったです。ネタが終わった瞬間、あまりのおもしろさに客席がざわつきましたから。そんなヘンダーソンは『THE SECOND 2025』にも参戦中。『上方漫才大賞』奨励賞受賞の勢いで、ビッグタイトルの獲得も期待したいです。
文:田辺ユウキ
芸能ライター。大阪を拠点に全国のメディアへ寄稿。お笑い、音楽、映画、舞台など芸能全般の取材や分析の記事を執筆している。