「社会に復讐(ふくしゅう)しなくていい」 脚本家・大森美香が『ぼくほし』に込めた私たちへのエール(後編)【僕達はまだその星の校則を知らない】

2025.09.16

「社会に復讐(ふくしゅう)しなくていい」 脚本家・大森美香が『ぼくほし』に込めた私たちへのエール(後編)【僕達はまだその星の校則を知らない】
――明日もドラマがあるから、とりあえず生きてみようかな、と思える作品を。
ドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』を手がけた脚本家・大森美香さんと岡光寛子プロデューサーには、ある思いが共通している。インタビューの後編は、ドラマを彩るキャストや白鳥健治の「ムムス」誕生秘話、特に印象的だった第8話のエピソードについて尋ねた。

信頼する主演・磯村勇斗への想い

――主人公・白鳥健治を演じる磯村勇斗さんについて聞かせてください。
岡光:キャストは大森さんと相談しながら決めさせていただきました。白鳥健治はとても繊細な主人公なので、演じられる人は限られますよね……と話していた際、磯村勇斗さんのお名前がほぼ同時に挙がって。大森さんの作品では大河ドラマ『青天を衝け』(NHK総合)、私は白石プロデューサーと初めて手がけたドラマ『TWO WEEKS』そして『アバランチ』でご一緒していました。芝居に真面目でしっかりとした軸がありながら、押し付けがましくなくどんな役でも魅力的にしてしまう。良い意味で肩の力が抜けていて、人間性も含めてとても信頼している方なので、オファーしてお受けいただいた時はうれしかったですね。

大森: 大河ドラマ『青天を衝け』で演じられた、徳川家茂役が素晴らしくて。ぜひまたご一緒したいと思っていたので、岡光さんからもお名前が挙がったときは興奮しました。健治は完全な当て書きで、「こんな磯村さんが見たい」をつついて生まれたキャラクターです。実際、ドラマを見るたびに健治さんの繊細な演技に見入ってしまっています。

――さまざまな作品で磯村さんのお芝居を拝見していますが、『ぼくほし』の健治役は、新しい磯村さんに出会えた気がしました。堀田真由さんの珠々ちゃんもハマり役です。
岡光:堀田さんも同じく、私も大森さんも「ご一緒したい」とお名前が挙がった方です。心を尽くして全身でお芝居をされる方で、ひき込まれますよね。耳なじみの良い透き通った声もすてきです。

大森:かわいい役も強めの役も演じられる役者さんですが、私は「堀田さんのどストレートなヒロインが見たい」という気持ちが強かった。堀田さんに出演していただいたことで、当初の想定よりも、距離の近い二人が見たくなったんです。

健治と珠々の物語だけで10話書ける

――実は意外だったのが、健治と珠々の関係性なんです。男女バディのようなペアになると思っていたので、二人の間に恋愛感情が芽生えたのは、うれしい誤算でした。
大森:このドラマ自体が、健治さんの成長物語にもなっているんです。人間関係に深みを与える気持ちの一つが“恋愛”だと私は考えているのですが、思いが強くなったり弱くなったり、そこに対する健治の表情が見たかった。堀田さんが珠々さんを演じてくださると分かって、その気持ちがさらに強くなりました。

岡光:健治さんが他人と関わり、初めての感情をたくさん知っていく中で、生徒たちとはまた別の感情を珠々さんに抱く。「人と関わったらこんなに楽しいことや幸せなことがあるんだ」と、感じてほしかったんです。

大森:珠々さんも教師を一生懸命やっている姿とは別に、誰かと関わることで、心揺らぐ姿が見たかった。本音を言えば、健治と珠々の物語だけでも10話書けるし、天文部だけでも10話書けるぞという気持ちでいます(笑)。

岡光:私は大森さんが描くラブストーリーが好きなので、『ぼくほし』らしい愛の形を入れたかった。それは、物理的・刺激的なものではない“心のつながり”で。9話のプラネタリウムでの2人の告白シーンの脚本を初めて読ませていただいた時、そのセリフの素晴らしさに胸が高鳴り、その時のいろんなもやもやがふっとびました(笑)自分自身も肯定してもらっている気持ちになり、磯村さんと堀田さんのお二方でこのシーンをやれて本当によかったと思いましたね。視聴者からの反響も大きかったように思います。

――健治といえば「ムムス」も気になります。私もふと使いたくなるんですが、ぜひ誕生秘話を聞かせてください。
大森:あまり意識はしていなかったのですが、健治さんとおばあちゃんが長く暮らしている内に、二人の間に共通語が生まれるのではないかと思ったんです。でもきっと、彼の感情を表す言葉は今ある日本語じゃない。もともと宮沢賢治さんのオノマトペが好きだったこともあり、思いつきで書いたら、採用されました。ありがたいことに、私の周りの人も使ってくださるんですが、軽い気持ちで使っていただけたらとてもうれしい! ちょっと「ムッ」とするのもムムスでいいし、本当に嫌なムムスがあっても良い。ぜひ気軽に使ってください。

――生徒役の皆さんについても、お聞きしたいです。今回が連続ドラマ初出演となったキャストも多いですが、これから日本の映像界を担う“若手ホープの宝庫”のような顔ぶれです。キャスティングをする際に、何か意識していたことはありますか?
岡光:若い才能を持った素晴らしい役者さんがたくさんいらっしゃるので、白石さんや山口監督と共に、気になる方には直接会いに行ったり、オーディションをさせていただいたりと、さまざまなアプローチから選ばせていただきました。意図しているわけではありませんが、『ぼくほし』の生徒は映画で活躍している方が多い気がします。あとは、なるべく実年齢に近い方に演じていただきたかったので15歳〜22歳までの等身大の生徒たちで、テクニックや経歴よりも感情の豊かさや人となり、なによりも「この人とご一緒したい」という思いを重視しました。

大森:実際に会ってみると、皆さんとても個性豊かで魅力的。それぞれの良さがあり、岡光さんたちの目は確かだなと思いました。

岡光:ステレオタイプなキャラクタライズをしないことが、大森さんが描く生徒の魅力です。だからこそ、人間の表裏一体な複雑さをウソなく表現できる方とご一緒できたらなと思っていて。皆さん本当に素晴らしい感性の持ち主で、まっすぐな目でお芝居されていらっしゃり、現場で逆に気付かせていただくことも沢山ありました。

尾碕理事長にも一筋の光が指す結末に

――稲垣吾郎さん演じる尾碕理事長も気になって仕方ありません。
大森:稲垣さんは以前カンテレさんで書かせていただいた『ハングリー!』にもご出演いただいていて、またカンテレさんでご一緒できたことがとてもうれしかったです。舞台と同時進行でとてもお忙しいのに、役柄や物語そのものついて深く読み込んで演じてくださってありがたいです。

岡光:誰もが知るスターなことは大前提で、近年はニッチな作品にも出演されている。作品選びも含め、すごくステキだなと思っていました。映画もドラマも全部いい。ミステリアスで何を考えているかわからないところも魅力的ですよね。あんなにキャリアが長いのに、現場ではいつも芝居に真摯で前のめり。20歳くらい年下の監督にも自ら質問をされていて、たとえ自分の意見とちょっと違っていても「そっちの方がいいね!」「おっしゃる通り」と受け止め、やってみようとトライしてくださる。ほんとうにステキな方です。

――制服裁判をした第一話で、尾碕理事長は、今の社会を作るマジョリティーの中枢にいる人物で、健治たちが対峙(たいじ)する“社会”そのもののように感じました。しかし回を重ねるにつれて、もしかしたら、ある意味彼もこの時代における被害者の一人なのかもしれないと思ったんです。
大森:最初は健治さんがめちゃくちゃで、尾碕さんが強者に見えていたと思います。でも、健治さんが成長していくにつれて、尾碕さんの強さの裏の弱さや危うさが映し出される。そんな二人が真正面からぶつかり合うのが最終話です。尾碕さんにとっても、一筋の光が差し込むような結末になればと思っています。

北原さんの言葉を借りれば、声をかけられるかもしれない

――エピソードについてお聞きします。北原さん(中野有紗)の家庭環境が明らかになった第8話で、「ずっと......18 年間生きてきてずっと、どこか違和感がありました。何かが間違っているのに、そのまま電車で運ばれていってるみたいな違和感」というセリフから、銀河鉄道を背景に、生徒たちが現代に対する疑問や違和感を口にする演出が強烈でした。あのエピソードには、どのような思いが込められていたのでしょうか。
大森:もしも、学園ドラマを書くことになったら、いまの若い人たちにどう声をかけたいかずっと考えていました。楽しいこともあるけど、辛いことも大変なこともいっぱいあるよね。大丈夫かな? いま何を考えているのかな? とか。私たちも悩んでいたけれど、いまの世代にはまた違う悩みがあると思う。そんな中で進み続けなければならない辛さと、「頑張るあなたを誰も見ていないわけじゃないよ」「一人じゃないよ」という思いを、どこかの回で上手く乗せられたらなと。北原さんのキャラクターは、第一話からなにか心に残る強さがあって、頼もしかった。彼女の言葉を借りれば、いまを進んでいくことが不安な人たちにも、声をかけられるかもしれないと思いました。

――私も北原さんはずっと気になる存在でした。
大森:私たちも「このままじゃいけない」「なんかおかしいな」と心のどこかでは気づいている。高校に入って、大学に行って、普通に就職して、これで良かったんだろうか……みたいに。そんなことをふと考えたりする中で、第8話は「まだ変えられるよ」と言ってあげたかった。実際に変えられるかはわからない。それでも、学生の北原さんが「私が変える」と言える回にしたかった。世の中にはそんなことを言える人ばかりじゃないけど、北原さんなら言ってくれそうだと、彼女に託した回です。

――『ぼくほし』の中でも、かなり印象的な回になりましたね。
大森:実はあのシーン、どういう風に受け止められるかなと心配していました(笑)。大丈夫かしら……と。

「しんどいときは空を見上げて星を見よう」

――あともう一つ、第5話の久留島先生(市川実和子)の「これは私の社会へのリベンジだから」というセリフに、大森さんの思いがすごく乗っているように感じます。もしかしたら『ぼくほし』は、大森さんの現代社会へのゆるやかな挑戦状なのかもしれないと思ったセリフでした。
大森: 照れますね(笑)。一番の思いは、ドラマを見た人に少しでも楽しい気持ちになってほしい。応援したいんですよね。社会に復讐(ふくしゅう)しなくていい。ただ、応援したい。みんなが生きづらい世の中で、どの作品の中にも「明日はいい日になるといいですね」「どうお過ごしですか?」みたいな気持ちが根底にあります。『ぼくほし』は、より多くの人に対して、そう思っています。

岡光:山口監督とクランクインする前に、明日死のうと思っていたけれど、このドラマを来週見るまで死ねないな……と思えるような作品をつくりたい。そういう人達の心を救えるドラマをつくりたいですねと話していて。

大森:そうそう。

岡光:健治さんも珠々さんもそれぞれ不完全で、生きづらさがあって、生徒たちにも、先生にもさまざまな悩みがある。でも欠けているもの同士が埋め合わせられる場所はあちこちにあるよ、と。どんな人生も尊く、オリジナルな彩りがあるのだと。そういうドラマにしたかったです。ただ、そんなことを言いながら…難しいことは考えず「しんどいときは空を見上げて星を見よう」と思っていただけたら嬉しいです。

大森:私も今まで視聴者の方からいただいて特にうれしかった言葉は、「いろいろあるけど、明日もドラマがあるからとりあえずそれまで頑張って生きてみます」とか「ドラマ見てちょっと元気が出ました」というものです。監督やみなさんとその思いが共通していることが、ほんとうにありがたい。こんな方々に出会える機会はなかなかないです。
そして、脚本では伝わらない部分を、お芝居や演出で広げてくださっていて、とてもうれしいです。

――視聴者の方へ、最後にメッセージをお願いします。
大森:あまり私が書いているとか思わず、登場人物たちを見守ってくれたらうれしいです。健治さんもみんなも物語の最後の最後まできらきら生きています。ぜひ見届けてください。

岡光:生徒会元副会長の斎藤が巻き込まれたトラブル、山田先生をはじめとする教師の労働問題、健治と父との確執、健治と珠々の恋の行く末、そして生徒たちの卒業、健治と理事長の直接対決など、最終回までまだまだ盛りだくさんです。ぜひ最後までじっくりご覧いただけたら幸いです。
文=明日菜子
毎クール必ず25本以上は視聴するドラマウォッチャー。
『文春オンライン』『 Real Sound』『映画ナタリー』などでドラマに関する記事を寄稿。
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