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圧倒的な美しさ!松本幸四郎・市川染五郎が魅せる新・鬼平の真骨頂

2024.05.10

圧倒的な美しさ!松本幸四郎・市川染五郎が魅せる新・鬼平の真骨頂
5月10日より、劇場版『鬼平犯科帳 血闘』が全国で公開されています。池波正太郎の代表作のひとつであり、1969年から数シリーズに渡ってドラマ化されてきた時代劇の傑作でもある「鬼平犯科帳」シリーズ。絶大な人気を誇りつつ一旦は2016年で終了していた本シリーズですが、池波正太郎生誕100年記念作品として約8年ぶりに復活しました。

五代目・長谷川平蔵に任命されたのは、 “初代”長谷川平蔵役をつとめた初代松本白鸚を祖父に、“四代目”長谷川平蔵役をつとめた二代目中村吉右衛門を叔父に持つ十代目松本幸四郎。さらには、“若き日の鬼平”長谷川銕三郎を、松本幸四郎の長男である市川染五郎が演じています。

私にとって『鬼平犯科帳』は特別なドラマです。あまりテレビを見なかった父親が唯一好きだった番組で、一緒に観ていたからです。幼い私の記憶に残っている鬼平の印象は、「とにかくオシャレで他の時代劇とは何かが違う」でした。時代劇といえば派手な決めセリフや殺陣といったイメージでしたが、平蔵は妻や仲間と軽口を叩きながら縁側でニコニコと笑っていたり、悪者とも対話をした上で行動していたりと、他のどんな時代劇の主人公とも違って見えました。極めつけは、見惚れてしまうほど美しい映像と共に流れるジプシー・キングスによるエンディングテーマ「インスピレイション」。時代劇とラテンギターという意外性が子供心にとても粋に感じられて、毎回うっとりとしていたことを覚えています。勧善懲悪に回収しきれない人間くさい曖昧さと、粋な江戸情緒。私の中で『鬼平犯科帳』はずっと特別な時代劇であり続けてきました。

さて、それでは話を劇場版『鬼平犯科帳 血闘』へと移しましょう。約8年ぶりの映像化ということで、キャストもスタッフも一新された新・鬼平犯科帳。その劇場映画作品となれば、鬼平ファンとして期待は高まるばかりです。

長谷川平蔵の元に、若かりし頃に平蔵が入り浸っていた居酒屋の娘・おまさが訪ねてきます。自分を密偵にしてほしいと懇願するおまさでしたが、平蔵はその申し出をきっぱりと断ります。そんなとき、屋敷の人間を皆殺しにするという非道な強盗事件が発生。事情を知っていると平蔵がにらんだ男の行方を独断で追うことにしたおまさは、やがて絶体絶命のピンチに陥り……平蔵とおまさの過去の繋がりと、現在進行中の凶悪強盗事件が平行して描かれ、やがて繋がっていくという先の見えないストーリーが展開していきます。

物語のひとつめの柱は、若き日に平蔵が通い詰めた店の娘、おまさとの再会です。神妙な面持ちで平蔵を訪ねてきたおまさを見て、懐かしさでいっぱいの表情を浮かべる平蔵。血気盛んだった若き頃、妹同然の感覚で共に過ごしていたおまさとの日々に思いをはせます。常に温和なほほ笑みを浮かべている現在の平蔵に対して、回想シーンに登場する若き平蔵・銕三郎(市川染五郎)は、キリリとした美しい目にギラギラとした輝きを宿し、捕まえておかないと飛び出してしまいそうなエネルギーを放っています。市川染五郎のすごみを感じさせるほどの美しさが、男女問わず周囲のものを引き付ける平蔵のカリスマ性に有無を言わせぬ説得力を与え、ハッキリとは語らずともおまさが銕三郎にどのような感情を抱いていたのかが伝わってきます。大人になり、目で感情と覚悟を表現するおまさ役の中村ゆりの演技にも注目です。

物語のもうひとつの柱は、凶悪犯罪。江戸の町で起きた強盗事件の現場には平蔵を示すメッセージが残されていました。なぜ強盗は平蔵を挑発するようなメッセージを残したのか?その理由は平蔵の過去に深く関わっているわけですが、それは本編を観ていただくとして、本作ではこの強盗事件のやり口が徹底的に残忍に描かれているのが印象的です。夜中に屋敷に侵入し、子供に至るまで内部にいる人間を惨殺するという極悪非道なやり口は身も震えるほど恐ろしく、リーダーである網切の甚五郎を演じる北村有起哉の冷酷非道っぷりが光ります。

どこからどう見ても悪人である甚五郎がヴィランだとはいえ、そこは『鬼平犯科帳』、悪い甚五郎を良い鬼平が成敗してめでたしめでたし、という単純なストーリーで終わるわけがありません。悪を悪、善を善と単純化せず、物事にはグラデーションがあることを教えてくれるのが本シリーズの真骨頂。裏の世界を良く知る平蔵だからこそ、裏稼業の人々の事情や苦しみを汲む度量があり、まずは理解しようと心を砕くことができるのです。本作でもそんな『鬼平犯科帳』の深みがいかんなく発揮されています。

また、ぜいたくなアクションシーンも見どころ。町中で、闇夜の街角で、空っ風が吹きすさぶ廃屋で……様々なシチュエーションで繰り広げられるダイナミックな立ち回りはどれも見ごたえたっぷりです。私は特に、強風の中たった一人で平蔵が馬を走らせ、そのまま廃屋での乱闘に突入する展開に胸が躍りました。そこには完璧な美しさがあり、幼心に魅せられた『鬼平犯科帳』らしさが詰まっているように感じたからです。そしてその「美」は、何と言っても平蔵を演じる松本幸四郎抜きには成立しません。黙っているだけで度量の大きさと底知れぬ人生の重みを感じさせるばかりでなく、流れるような無駄のない動きで完璧な殺陣を見事に披露する新・鬼平の存在感は、さすがとしか言いようがありません。

また、仙道敦子、本宮泰風、浅利陽介、火野正平ら平蔵の仲間たちを演じる面々はもちろん、本作のキーなるキャラクターを演じる志田未来や柄本明らの熱演にも注目。豪華キャストたちが先の読めないストーリーを彩ります。

誰に対しても公平な目と、理解しようとする心を持ち続ける長谷川平蔵。「人はなあ、生まれ落ちたところを選べるもんじゃねえ。だからその先で、誰を慕うかだけは選べるんじゃねえのか?」そう言って真っ直ぐに進む新・鬼平は、私の期待を遥かに超える圧倒的な魅力を放っていました。鬼平ファンも、鬼平を見たことがない方も、ぜひ映画館でその魅力を体感してください!

文:八巻綾
テレビ局で舞台・展覧会などのイベントプロデューサーとして勤務した後、関西に移住。映画・演劇ライター
2024年5月10日(金)全国ロードショー!
https://www.ktv.jp/cinema/onihei-hankacho/

©「鬼平犯科帳 血闘」時代劇パートナーズ

miyoka
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