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まだ引き返せる茜、後戻りできない黒川のあらがえない運命

2025.05.02

まだ引き返せる茜、後戻りできない黒川のあらがえない運命

『MADDER その事件、ワタシが犯人です』4話レビュー

毎回、SNSでの考察が盛り上がっているドラマ『MADDER(マダー)その事件、ワタシが犯人です』。
その第4話が1日深夜に放送されました。第3話では、進学校・清爛学園の校内テスト「清爛統一」中止の理由探しが行われました。これらの中止騒動の原因を密かに作ったのは、もちろん学内屈指の天才・仲野茜(五百城茉央)です。テストのペーパーレス化を反対する古文教師・箕輪(おかやまはじめ)や同級生たちの関係性、心理を利用して波風を立てたのです。

天才ゆえに毎日につまらなさを感じている茜の退屈しのぎがじわじわ広がる、ここまでの物語。ただ第4話では、そんな茜の惑いを感じることができました。彼女は限られた学生に向けて、「清爛統一」のテスト問題を流出させ、みんながそれを事前に見るかどうか試します。ただ誰もそれを見ずに試験に挑みます。茜は、同級生たちの“真っ当さ”にがっかり。そして、そんな彼女の気持ちをさらに揺らしたのが、電気店に勤める黒川悠(山村隆太)でした。

ちなみに黒川は、世間を震撼させている猟奇殺人事件の犯人だと思われる青年です。茜は第1話で黒川と出会い、殺人犯ではないかと感じながらも「彩りのある世界とは、どういうものであるか」を聞かされたことで、彼に魅せられました。学内で小さな事件を起こしているのも、黒川の影響です。そして第4話で茜はあらためて、黒川という人物が持つミステリアスさに触れることに。

電気スタンドのスイッチを切る仕草が意味していること

そんな第4話には、さりげないながらも「これはおもしろい!」と思える場面描写がありました。それは茜が、黒川の電気店に訪れるところ。

黒川は茜に、試験問題を流出させるなどして人の良心を試す実験がうまくいったか尋ねます。茜は「大失敗でした。結局、みんな自分がかわいいんですよ。倫理の及ぶ範囲の中だけで安全なことをして、清廉潔白を気取る。つまらない人たちです」と不満を口にします。黒川は「ってことは、君はみんなに倫理を犯してほしかったんだ」と見透かします。

このやりとりの際、茜は売りものの電気スタンドに顔を近づけて自分を照らし出します。そしてひと通り話し終わると、その照明を切ります。何気ない仕草なのでついつい見逃してしまいそうなワンシーンです。でも映像作品において、登場人物があえて“なにか”をしている場面というのは注視しなければなりません。

ここでの、電気スタンドのスイッチを切る仕草はなにを意味しているのか。これはあくまで筆者の推察ですが、一つは、茜自身の心模様。「人の良心を試す」という実験に楽しみを覚え、せっかく様々な準備や仕掛けを行ったにもかかわらず、自分の期待に遠く及ばない結果となってしまい、いろいろ失望したこと。つまり、明るい気持ちから暗い気持ちになったという茜の素直な心情を、仕草と描写で表現しているのです。

そしてもう一つは、暗転・明転の意味です。暗転・明転とは、演劇などで使われる照明演出のこと。舞台上の照明を一旦暗くし、また明るくすることで、場面の切り替わりや時間経過があらわされます。このワンシーンは、それによく似た演出がなされているのではないでしょうか。

筆者は、茜が自分の顔に照明をあててそれを切るという仕草に、『MADDER』の物語自体のスイッチが切り替わったことを感じました。

黒川の中に潜んでいるであろう、あらがえない運命

実際にこの場面で茜は、黒川から「君はまだ引き返せるところにいる。君がやっているのは、ままごとだよ」と指摘されます。茜が「もし引き返せない場所に行ったら、どうなるんですか」と聞くと、黒川は「そのときはきっと、人じゃなくなる」と答えます。実際に第4話終盤で茜は、自分がこれまでいかに浅い場所にいたのか、そして黒川がどれだけ「引き返せない場所」にいるのか知ることになります。

茜はまだ清爛学園に入ったばかりの十代半ば。若くて頭が良い彼女は、どんなことをやってもある程度は取り返しがつきます(もちろん物事によりますが)。退屈しのぎでちょっとした事件を起こしている行為も、天才である彼女にとってのやりがいの一つであり、もしかすると未来につながることなのかもしれません。

しかし黒川はおそらく違います。後戻りができないというのは、闇でしかないこと。彼の中に潜んでいるかもしれないのは、あらがうことができない運命。茜が退屈しのぎでやっていることとはワケが違う。だから黒川は「ままごと」と言ったのでしょう。

たしかに茜は、猟奇殺人事件の遺体の腕が切り落とされていることなどに対し「私にはできない」とし、だからこそ犯人の気持ちを「もっと知りたい」となります。茜は、彼がその犯人だと疑っているので、余計に興味が沸きます。天才の自分ですら持っていないものを、黒川は持っている。だからこそ、憧れにも似た気持ちを抱いているように思えます。しかも終盤で茜は、黒川に「教えてくれませんか、分からないんです」と教えを乞います。茜にとって「分からない」「教えてほしい」という気持ちは、これ以上になく新鮮なものかもしれません。

電気スタンドの照明のスイッチを切って暗転させたことは、退屈しのぎでちょっとした事件を起こしていた茜の変化を意味しているのではないでしょうか。そして『MADDER』の物語もこれから、さらに奥深いところへ進んでいく“暗示”だと捉えることができます。
文:田辺ユウキ
芸能ライター。大阪を拠点に全国のメディアへ寄稿。お笑い、音楽、映画、舞台など芸能全般の取材や分析の記事を執筆している。
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