“大人に抗う”から“大人として向き合う”へ。1998年版と令和版ドラマ『GTO』、第7話で見えた鬼塚英吉(反町隆史)の変化
回を追うごとに1年B組の生徒たちの心境が変化しているドラマ『GTO』(毎週月曜 午後10:00~/カンテレ・フジテレビ系全国ネット)。その第7話が8月31日に放送されました。
第6話では、1年B組の担任・鬼塚英吉(反町隆史)に不信感を募らせる、クラスきっての秀才・福田樹(柴崎楓雅)が別クラスへ移ることに。しかし、樹の祖母が急病で倒れた際、副担任の柏原実央(生見愛瑠)とともに親身になって樹に寄り添ったことで、鬼塚は信頼を得ることに成功します。
しかし第7話では、サッカー部特待生でゴールキーパーとして期待を集める細川大翔(西浦心乃助(The Right Light))が練習中に大ケガを負ったことで、担任の鬼塚や顧問の小泉望都子(高橋メアリージュン)の責任が問われます。さらに鬼塚は、元プロサッカー選手である大翔の父親・藤吾(波岡一喜)と対立したことで、進退問題へと発展します。
しかし第7話では、サッカー部特待生でゴールキーパーとして期待を集める細川大翔(西浦心乃助(The Right Light))が練習中に大ケガを負ったことで、担任の鬼塚や顧問の小泉望都子(高橋メアリージュン)の責任が問われます。さらに鬼塚は、元プロサッカー選手である大翔の父親・藤吾(波岡一喜)と対立したことで、進退問題へと発展します。
『GTO』第7話 西浦心乃助
1998年『GTO』は大人が作り出すムードへの抵抗が描かれていた
これはあくまで筆者の感想ですが、1998年放送の『GTO』では、まだまだ血気盛んな20代の鬼塚と教え子の生徒たちが、教師や親ら大人たちが押し付けてくる“若者らしさ”や価値観に反発する様子が描かれていたと思います。
前作が放送された時期は、時代的にも就職氷河期や経済的不況などが表面化しつつあり、「若者が生きづらい世の中になるだろう」と考えられていました(実際にそうなりました)。筆者もそうした社会情勢の渦中にいた若者の一人でした。そんな中『GTO』を毎週観て、何ものにも迎合せず、壁を打破していく鬼塚の姿に胸をすくような思いがありました。これからの未来は間違いなく厳しいのだけれども、鬼塚のように強くやっていけば、何とかなるんじゃないか――。そんなモチベーションを与えてもらい、ここまでやってくることができました。
前作が放送された時期は、時代的にも就職氷河期や経済的不況などが表面化しつつあり、「若者が生きづらい世の中になるだろう」と考えられていました(実際にそうなりました)。筆者もそうした社会情勢の渦中にいた若者の一人でした。そんな中『GTO』を毎週観て、何ものにも迎合せず、壁を打破していく鬼塚の姿に胸をすくような思いがありました。これからの未来は間違いなく厳しいのだけれども、鬼塚のように強くやっていけば、何とかなるんじゃないか――。そんなモチベーションを与えてもらい、ここまでやってくることができました。
『GTO』第7話 西浦心乃助、反町隆史
そのように振り返ると当時の鬼塚は、大人になりきれず、でも子どもでもない、“曖昧な地点”にいたのではないでしょうか。当時の大人が作り出した社会やそのムードに飲み込まれまいとする抵抗があり、その一方で、生徒たちに共感したいと考えながらも、自分自身が着実に“大人側”へ近づいていくことへの戸惑いもあったように思います。
しかし鬼塚もすでに52歳。若者に寄り添う気持ちがあっても、そこに見えない壁や距離が存在するのは当然のこと。すべてを理解し合うことは容易ではありません。今回の『GTO』ではここまで、そうした現実から目を逸らすことなく、鬼塚の姿を通して“大人としてのあり方”を強く描いているのではないでしょうか。特に第7話では、“大人とは何なのか”というメッセージが投げかけられていました。
しかし鬼塚もすでに52歳。若者に寄り添う気持ちがあっても、そこに見えない壁や距離が存在するのは当然のこと。すべてを理解し合うことは容易ではありません。今回の『GTO』ではここまで、そうした現実から目を逸らすことなく、鬼塚の姿を通して“大人としてのあり方”を強く描いているのではないでしょうか。特に第7話では、“大人とは何なのか”というメッセージが投げかけられていました。
子どもは大人を見て育つ、だからこそ問われる“大人のあり方”
大人の役割の一つは、子どもたちを正しい方向へと導くことだと思います。子どもたちは、大人のことをよく見ています。特に幼少期は、そんな大人の行動により規範を学び、正しい物事、間違っている物事について気づきます。もし大人が社会的に逸脱した行動をとれば、それが子どもにも大きな影響を与え、誤った価値観を抱えたまま成長させてしまう恐れもあります。
第7話に登場する大翔の父親・藤吾はその点で、“大人としてのあり方”が問われる存在だったのではないでしょうか。劇中でも触れられているようにモラハラ(言葉や態度による精神的な嫌がらせ)やカスハラ(立場を利用した理不尽な要求やクレーム)な体質であることも問題ですが、何より大翔の導き方に疑問を覚えます。
大翔は「どうして?」と言われるのが一番嫌いだと言います。なぜなら「どうして」は父親の口癖だから。「どうして俺の言う通りにしない?」「どうして俺が怒ってるか分かるか?」「どうして俺の期待を裏切るんだ」と、常に「どうして?」と問われ続けてきたと振り返ります。
第7話に登場する大翔の父親・藤吾はその点で、“大人としてのあり方”が問われる存在だったのではないでしょうか。劇中でも触れられているようにモラハラ(言葉や態度による精神的な嫌がらせ)やカスハラ(立場を利用した理不尽な要求やクレーム)な体質であることも問題ですが、何より大翔の導き方に疑問を覚えます。
大翔は「どうして?」と言われるのが一番嫌いだと言います。なぜなら「どうして」は父親の口癖だから。「どうして俺の言う通りにしない?」「どうして俺が怒ってるか分かるか?」「どうして俺の期待を裏切るんだ」と、常に「どうして?」と問われ続けてきたと振り返ります。
『GTO』第7話 高橋メアリージュン、近藤芳正、宇梶剛士、波岡一喜
確かに第7話を見ていると藤吾は、チームメイトと衝突して部活を辞めると言い出した大翔をめぐり「どうしてうちの息子がサッカー部を辞めることになるんだ」と学校へ怒鳴り込み、鬼塚が1年B組を担任していることに対し「どうして俺たちの意見も聞かずに、こんな問題教師(鬼塚)を採用したんだ?」と学校側に詰め寄り、ケガをしたため自宅でくつろぐ大翔に「どうしてトレーニングしない? 筋トレくらいできるだろ」と注意するなど、「どうして」を連発しています。
この「どうして」は、接する人たちすべてにプレッシャーを与えていると考えられます。特に大翔は、小さい頃から藤吾の「どうして」を浴びながら育ってきたと想像できます。大翔自身はそれに対して抵抗感を持っていますが、そうした環境で生まれ育つと、知らず知らずのうちに自分もその価値観に染まっている場合があります。もし大翔がいずれ家庭を持ったとき、同じような接し方を無意識のうちに繰り返してしまう可能性もあります。“大人”とは、そうした影響力を強く持つ存在なのです。
もちろん、影響力の形は様々です。ただ今回の『GTO』は、その良し悪しは別として、“大人”たちが自分と向き合い、それが子どもや周囲にどんな影響を与えているか改めて向き合う機会を与えているのではないでしょうか。
この「どうして」は、接する人たちすべてにプレッシャーを与えていると考えられます。特に大翔は、小さい頃から藤吾の「どうして」を浴びながら育ってきたと想像できます。大翔自身はそれに対して抵抗感を持っていますが、そうした環境で生まれ育つと、知らず知らずのうちに自分もその価値観に染まっている場合があります。もし大翔がいずれ家庭を持ったとき、同じような接し方を無意識のうちに繰り返してしまう可能性もあります。“大人”とは、そうした影響力を強く持つ存在なのです。
もちろん、影響力の形は様々です。ただ今回の『GTO』は、その良し悪しは別として、“大人”たちが自分と向き合い、それが子どもや周囲にどんな影響を与えているか改めて向き合う機会を与えているのではないでしょうか。
『GTO』第7話 生見愛瑠、反町隆史、高橋メアリージュン、西浦心乃助
1998年の『GTO』では、大人が作り出すムードに飲み込まれまいとする若者たちの視点が描かれていました。一方、今回の『GTO』では、大人が作り出すムードや価値観が若者たちの人生を左右することに、より強く焦点が当てられているように感じます。だからこそ今作は、若者に「どう生きるか」を問いかけるだけではなく、大人に対しても「自分は周囲にどんな影響を与えているのか」と問い直す作品になっているのではないでしょうか。
『GTO』第7話 西浦心乃助
文:田辺ユウキ
芸能ライター。大阪を拠点に全国のメディアへ寄稿。お笑い、音楽、映画、舞台など芸能全般の取材や分析の記事を執筆している。
芸能ライター。大阪を拠点に全国のメディアへ寄稿。お笑い、音楽、映画、舞台など芸能全般の取材や分析の記事を執筆している。
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