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孤独の先に何が見える。認知症の母と娘の物語。映画『虹のかけら』

2023.12.15

孤独の先に何が見える。認知症の母と娘の物語。映画『虹のかけら』
認知症の母親をたった一人で介護する娘を中心に描かれる長編映画『虹のかけら』が、いま大阪の地で静かに話題を呼んでいます。11月25日に大阪・シアターセブンでの上映が始まると評判となり、12月16日から22日の追加上映が決定しました。
母親と暮らす芽衣には、友達も恋人もいません。日によって母親のコンディションは違いますが、時には勝手に外に出てしまったり、ガスの火をつけっぱなしにしてしまったりすることも。介護者である芽衣には気を抜ける瞬間がありません。父親は6年前に他界。しかし、その状況を受け入れていない母親のために、食卓には常に3人分の食事を用意しなければいけません。そして、母親が寝静まった後はしっかりと玄関の鍵を閉め、芽衣は夜の仕事へと向かうのでした。

やがて芽衣は、ずっと目を背けてきた母親への複雑な気持ちと向き合い、過去と対峙することになります。また、職場で会う人たちと交流していく中で、お互いに少しずつ人生を前に進めていく勇気を得ていきます。『虹のかけら』は、そんな風にささやかだけれど確かな希望を感じることができる作品です。
芽衣が暮らしているのは、淀川河川敷近くにある平屋の一軒家です。清潔に保たれてはいるものの建物自体は古く、長く人が生活してきた蓄積を感じます。監督が「そこで生きている」と感じてもらいたかった語るように、本作はリアリティと生活感に満ちています。掛け布団カバーと枕カバーのデザインがバラバラの布団で眠る芽衣、水の滴りなど常に聞こえている家の中の音、炊飯器から米をよそい、鍋から味噌汁をつぐ様子、帰宅時に玄関を開ける前に鍵がちゃんと閉まったままかを確認する動作……そういった細かく丁寧な描写の積み重ねは、スクリーンの中の人物が「確かにそこで暮らしている人間なのだ」という実感を与えてくれます。実際、撮影時には舞台となった家屋で芽衣役の篠崎雅美さんと母親役の波佐本麻里さんが一緒に宿泊し、暮らしているような時間を設けたりもしたのだとか。
「色々な人の意見を取り入れてこの映画を完成させよう」ということは最初から決めていたという監督。母親が患っている若年性認知症の描写についても、取材をしたり、専門家に撮影現場に来てもらったり、演じる遊佐本さん自身がセミナーなどに参加して深く勉強したりと、丁寧に構築していったのだそうです。たった1人で追いつめられていく芽衣は、昨今話題になっているヤングケアラーであり、本作は社会派映画としての側面を強く持っています。実際に、超高齢化・少子化社会を生きる私たちとって、芽衣の境遇はまったく他人事には感じられない切実さを帯びています。
しかし、『スターウォーズ』などのエンタメ作品が好きだという監督は、あくまでも本作をエンターテイメントとして、誰しも共通する普遍的な映画として作りたかったと言います。「主人公がちゃんと歩いて行ける映画にしたかったというのが最初の想いで、その後はそれと同時に、観た人が彼女のような人を見守り、助けてあげたいと思えるような作品にしたいと思いました」と語る監督には、芽衣たちが置かれているリアルでシビアな現実の先にある、確かな希望がハッキリと見えていました。
2018年から2019年にかけて撮影が行われた『虹のかけら』は、上映されるまで実に5年の歳月を費やしました。この要因には編集スケジュールの都合やコロナ禍などがあったそうですが、本作で描かれていた孤独は、物理的に他人と交流することが困難となったコロナ禍を経たことによって、より強いリアリティを持ったのではないでしょうか。良い作品というのは、このように運命的なタイミングにも恵まれるものなのかもしれません。

『虹のかけら』というタイトル決定の経緯も運命的です。撮影中に空に虹がかかり、皆でそれを眺めていたとき、自然と「虹のかけら」という言葉が浮かんだのだそう。ピッタリとハマった、という感覚があったのだと監督は言います。虹には、七色の光のように色々な要素を持っているというイメージや、主人公にふりそそぎ、希望に向かって歩いていく道を照らしているようなイメージがあるという監督。本作をご覧になった方は誰もが、『虹のかけら』というタイトル以外は考えられないと感じるのではないでしょうか。
初の長編映画ということで公開前は自信がなかったという監督ですが、上映が始まって多くの感想が寄せられている今は、自分が伝えたかったことがしっかりと伝わっているなという実感を得ているとのこと。少子化、高齢化社会、なかなか上がらない賃金といった未来への不安要素は、現代社会を生きる人々の孤独感を強め、希望を持つことを困難にしますが、それでも未来を諦めないためのヒントが本作には詰まっています。本作の主人公・芽衣は自分の生き写しだと監督がコメントしているのと同じように、本作を観た人は皆、芽衣に対して共感する部分を見つけられるに違いありません。この機会にぜひ、シアターセブンまで足を運んでみてください。

インタビュー・文:八巻綾
テレビ局で舞台・展覧会などのイベントプロデューサーとして勤務した後、関西に移住。映画・演劇ライター。

映画情報

『虹のかけら』 https://studio-knoll.com/nijikake/

【期間】12月16日(土)~22(金)
【会場】シアターセブン https://www.theater-seven.com/index.html
大阪市淀川区十三本町1丁目7−27 サンポードシティー 5階 (阪急電鉄 十三駅西改札口より3分)
miyoka
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