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ドラマはキャスト・スタッフ全員の総合芸術。『お迎え渋谷くん』紙谷楓監督インタビュー

2024.04.26

ドラマはキャスト・スタッフ全員の総合芸術。『お迎え渋谷くん』紙谷楓監督インタビュー
京本大我が主演、田辺桃子がヒロインを演じるドラマ、火ドラ★イレブン『お迎え渋谷くん』(毎週火曜午後11時)。監督の紙谷楓さんに、監督の仕事や連続ドラマの魅力、そして京本さんとの関係などについてお話を伺いました。
ードラマの監督は、実際にどんなお仕事をするんですか?
プロデューサーを中心に企画が立ち上がったら、監督の仕事は多くの場合クランクイン(撮影開始)数カ月前の脚本づくりの段階から始まります。脚本ができてから制作部や技術スタッフや美術スタッフなどと打ち合わせをし、出演者との顔合わせなどを経て撮影が始まります。クランクインをしたら、撮休(撮影がない日)以外は朝から晩まで1日中ずっと現場にいて撮影をします。撮休には、これから撮影するシーンの台本を見て演出とカット割り(撮影のアングルや構図)を考えます。

撮影したあとには編集作業も行います。毎週放送の連続ドラマの場合、監督は数名いることがほとんど。私は今回の『お迎え渋谷くん』では1〜3話を担当したので、4〜6話を別の監督が撮影している期間にまとめて編集作業をすることになります。ただ、このような制作の流れはその時の状況や制作会社などによっていろいろです。
ー監督はハードなお仕事というイメージですが、実際とても忙しいんですね。
そうですね、楽ではないし、視聴率もクオリティも求められるストレスもあります。厳しい世界ではありますが、私は助監督をしていたころから、現場で走り回って仕事をするのが好きだったんです。自分が大好きな趣味の延長線といった感じで、今も自分が好きで楽しくてやっている仕事です。
ーいつ頃から映像監督をやりたいと考えていましたか?
もともと映画やドラマを見るのが好きで、小学校4〜5年生のころ、父と一緒に初めて劇場で『アルマゲドン』を見ました。そのときに「この世界に入りたい」って漠然と思ったんです。スクリーンに映る世界に衝撃を受けてハリウッドに憧れ、英語を熱心に勉強し始めました。そして大学3年生のときに1年間アメリカに留学してみて気づいたのは、自分は日本人として日本のことを知らなすぎるな、と。それでまずは日本でドラマや映画を作りたい、と考えが変わり、日本の制作会社やテレビ局の面接を受け、制作会社に就職して今に至ります。
ー紙谷監督が好きな日本のドラマを教えてください。
3つ挙げるとしたら『お金がない!』(1994年フジテレビ/織田裕二主演)、『1リットルの涙』(2005年フジテレビ/沢尻エリカ主演)、『Nのために』(TBSテレビ/榮倉奈々主演)です。とくに『Nのために』は、「連ドラはやっぱり毎週見るべきだな」と改めて認識させてくれたドラマでした。このとき私は別の番組に助監督として入っていて忙しい時期でしたが、一緒に働いていた現場のスタッフ同士で「昨日の放送見た?」と話し合うのがすごく楽しかった思い出があります。映画は2時間で終わりますが、連続ドラマは放送後にも「あれがよかったね!」「次はどうなるんだろう?」と話し合えて、毎週楽しみが続くのが魅力ですね。
ー監督の仕事の魅力はどんなところですか?
役者のお芝居をいちばん近くで見られることと、自分の考えたお芝居をしてもらえること。私が脚本を読んでイメージした世界が具現化されるのを間近で見られるのは楽しいしやりがいを感じます。私はドラマや映画などの映像作品で、役者の細かい表情の動きや、微妙な間などのニュアンスを表現できるところが好きなんです。でも演出は毎回緊張するし、いまだにこわさもあります。

ーこわさ、というと?
もともと緊張しいで、自分の発言を相手がどう考えるかを探って気にするタイプ。自分からどんどん話しかけることが得意ではないので、初めてご一緒する役者さんと話す前には、他の人と話している感じを見て様子を伺ったりもします。

ー紙谷監督のそういう気質が、役者の微妙な表情を大切にする演出につながっているのでしょうか?
そうかもしれないですね。「この人はここで目線を落とすんだな」「こういうときに目を合わさないんだな」というちょっとした表情の変化、しゃべり方の変化は、よく観察しているかもしれません。
ー紙谷監督はどんなジャンルのドラマが好きですか?
ラブストーリーが好きです。特に、人が死なないもの(笑)。見ていて楽しいし幸せになりますよね。作っていても楽しいです。脚本を読んで、登場人物の気持ちを理解できないこともあるんです。「なんでこのセリフが言えるんだろう」「どういう気持ちでお芝居をつけたらいいんだろう」と悩むこともいっぱいあります。でもそれも面白いところ。

ドラマはたくさんのスタッフと一緒に作るので、作品には自分だけではなく脚本家やプロデューサー、カメラマンや照明といったスタッフたちの恋愛観も反映されます。たとえば、役者の感情がぐっと入った瞬間に、カメラマンがクローズアップすると「このカメラマンさんの好みはこれか」みたいな(笑)。照明でもヒロインの心情を表すためにどこにきれいな光を当てるか、といったところに好みが出ます。そのようにスタッフみんなの「好き」が集まって映像に収まる瞬間は、作っていて気持ちいいし作品づくりの醍醐味です。でも全員の気持ちが一つにならないと、そうはならないんですよね。スタッフたちの「好き」や「楽しい」が、視聴者の方に伝わるように、気持ちを合わせて作っています。
ー紙谷監督にとって映像作品やテレビの魅力はどんなところですか?
ドラマは役者も含めたスタッフの総合芸術です。照明部・撮影部・美術部・制作部・役者、だれが欠けても成立しません。その総合芸術を、テレビの電源をつければだれでも無料で見ることができる。それってすごいことですよね。私は小さいころからテレビが大好きで、ドラマやバラエティ番組をずっと楽しんで見てきました。今こうして、憧れていたテレビのテロップに自分の名前が出るのもうれしいことです。
ー今回の主演、京本大我さんに演出をつけてみた印象はいかがですか?
舞台の経験が豊富で、アイドルとして大きなステージに立たれてきた京本さんは、度胸がすごいなと思います。基本的に感情が“無”の渋谷くんは、演じるのが難しいキャラクター。当初、京本さんの演技は人間っぽかったので「もっと“無”になって」とお願いしました。私からの「もっとこんな表現に」という要求にもチャレンジしてくれる柔軟性や対応力がすばらしい人です。

京本さんが私のつけた演出に「1回やってみます」というスタンスでいてくださるのもうれしいです。それって、自分に自信や心のゆとりがあるからできること。演出を試してイメージと違えば「元のお芝居に戻してください」と言えるし、「今のほうがよかったからこっちでいきましょう」といくつかのパターンから取捨選択できます。京本さんは穏やかでコミュニケーションが取りやすい方なので、お互いに意思疎通がしやすいから、よりよい作品づくりにつながると思います。

第1話では、愛花と出会ったときの渋谷くんの冷たい表情と、最後にきゅんを知ったときの渋谷くんの表情の違いが明確になるように演出しました。京本さんの最後の表情はすごくよかったと感じています。
ー視聴者に注目してほしいポイントは?
渋谷くんはもちろんですが、渋谷くんをキュンとさせる愛花・田辺桃子さんのキュートさや人間味を楽しんでもらえたらと思います。私は女性を演出するのが好きなんです。これまでに手掛けたドラマでも『彼女はキレイだった』(2021年カンテレ)の小芝風花さんと佐久間由衣さん、『わたしのお嫁くん』(2023年フジテレビ)の波瑠さんなど、女性キャラクターが愛されるように願って作ってきました。結果、どちらも視聴者の方に好きになってもらえたと感じています。視聴者の多くは女性なので、女性から見てヒロインが魅力的に輝くように撮りたいな、といつも思っています。

今回は原作漫画が面白すぎて、どうやって実際の人間であのテンション感や表情を表現するか、悩みながら撮影しています。視聴者の方には、ドラマだからこそ見られる、それぞれのキャラクターの人間らしさを楽しんでもらえたらうれしいです。
紙谷楓(共同テレビ)
主な作品
(ドラマ)わたしのお嫁くん(2023)/しもべえ(2022)/彼女はキレイだった(2021)/竜の道 二つの顔の復讐者(2020)
(映画)半径1メートルの君~上を向いて歩こう~(2021)
取材を終えて
紙谷監督の「ドラマのスタッフのなかで、監督は表現者たちの調整をする仕事」という言葉を聞いて、まるでオーケストラの指揮者のようだと感じました。指揮棒を振らなくても演奏は可能ですが、指揮者がいなければ一つの作品としてまとまらないものです。今回『お迎え渋谷くん』のスタッフさんたちによって、どんな恋愛観や“うぶキュン”が表現されるのか、とても楽しみです!

文:早川奈緒子
川崎市在住のフリーランスライター。10代の子ども3人の母。「たまひよ」など主に子育て系メディアで取材・ライティングを行う。ほんのりオタク気質。
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