聞いてみよか

【インタビュー】片桐仁「忘れない、18歳のあの瞬間」僕のブルーピリオド

2024.05.09

【インタビュー】片桐仁「忘れない、18歳のあの瞬間」僕のブルーピリオド
漫画「ブルーピリオド」(山口つばさ)の世界観を再現し、体験できる「ブルーピリオド展」が大阪・南港のATCホールで開催されています。
「ブルーピリオド」は成績優秀でありながら、どこか空虚な焦燥感を感じて生きる高校生・矢口八虎(やぐちやとら)がある日一枚の絵に心奪われ、衝撃に駆り立てられるように美大を目指す物語です。
俳優として活躍する片桐仁さんは多摩美術大学の卒業生。独創的でユニークな粘土作品を発表し続ける粘土造形作家の顔も持っています。「ブルーピリオド」的世界観は果たして“あるある”なのでしょうか?お話を伺いました。
―片桐さんは多摩美術大学卒業なんですね。
多摩美(多摩美術大学)、武蔵美(武蔵野美術大学)、造形(東京造形大学)、藝大(東京藝術大学)の油絵専攻の入学試験に全部落ちちゃって…。その年、多摩美の版画専攻が新設されるということで1期生募集があったんです。それまでは油絵専攻の研究室で版画をする人がいたのですけれど、それが独立して専攻になるタイミングで。親に「版画好きでしょ。受けなさい」って言われて。併願できたので受けました。
試験は「私の部屋」っていうタイトルで5時間のデッサン。ラッキーでしたね。
実は、試験の前々日から予備校も学校も行きたくなくって。「具合が悪い」って言って、自分の部屋にこもってずっと部屋の絵を描いていたんです。
だから、たまたま受かったんですね。しかも補欠で(笑)。35人受かるところ、僕は40番だった。補欠の人がみんな断っていって、それで受かったんです、3月30日に。
本当はゴッホになりたかったので油絵をやりたかったんだけれど。。。
もともとプラモデルとかフィギュアが好きで。でもそれを作るっていうのと絵を描くことは別々のことだったんですよね。
教員免許を取るための教職課程に彫刻の授業があって。それで作ったらめちゃくちゃ褒められたんですよ、版画専攻の同級生に。「お前、絵は下手なのに立体うまいじゃん」って。「絵下手なのにって…言わないでっ!」って心の中で思ったけれど。同級生は容赦ないですね。「だって、絵だとまったく空間を支配できてないじゃん」なんて言われて。「え、そんな具体的に言うの…?」ってまたへこんで。
「時間だけかかって何だかわかんない中途半端なものばっかり作っているけれど。立体のほうがすごくいいじゃん」って言われたんですね。どうやら版画専攻の中で僕が一番うまかったみたいです。
彫刻刀とか道具は学校から支給されたものがあったので、それで木を掘ったりしていました。でも彫刻学科に転科するほどの勇気もなく…。版画専攻でなんだかしんないけれど粘土とかやっている奴だったんですね。
卒業制作では粘土使っちゃダメって言われたから、ちゃんと版画やりましたけれど…(笑)。
―片桐さんに版画制作のイメージはないですが…
今は一切版画やってないですよ。興味はあるけれど。だって面倒くさいじゃないですか(笑)。版を作って刷るんですよ。まず原画、そして版、それから刷りって上りつめていかないといけない…。
それに仕事として取り組むんだったらエディションっていって刷る数を決めなきゃいけない。限定数を決めて刷って番号を振り分けるんですね。で、100枚とか、少なくとも20枚とか刷らないといけないんですよ。同じものを。でも版がずれるし、インクの乗せ具合とか加減が変わっちゃうし。
とにかく職人の世界なんですね。1年生で入っても技術がなくってうまく刷れない。4年になってやっと自分が思い描いたものが作れるみたいな。なにこれって感じですよね。ただ、楽しいんですよね。銅版画とか木版画とかそれぞれ材質によっても表現が違うので。
でもな~…、面倒くさいな~…。いろいろ言い訳しながら一回もやってないですね。
あ、でも自分の粘土作品を作っているときに「これって版画だな」って思うことがあります。表面を石みたいにでこぼこさせたいなって時には、例えば家具の下に取り付けるような滑り止めを粘土に押し付けて型押しすることがあります。そうするとでこぼこ具合が石っぽく見えちゃうんです。
あと、フロッタージュっていう、凹凸のあるものの上に紙を置いて、鉛筆とか描画材でこすって、凹凸や形状を写し取る技法があるんですね。多摩美の後輩アーティストが、それで精巧な銃器を作ってて「これも版画ですよ」って言うんです。「あ、じゃあそれなら俺もやってる」って。粘土に型押しするのだって学生時代の専攻とつながってる。そういうところにとてつもなく快感を感じるんですよね。
縄文土器だって土に縄を転がして模様を写しているんですよね。そうすると実物の縄と凸凹が逆になって表現されるんですが、そこに僕は興奮する。触り心地とか触覚が刺激されるっていうか。
やっぱりあのころ学んだこととつながっているんだな~…。
―物を作るのが好きなんですね
褒められたいっていうのは昔も今もあります。でもまあ、それ以外にも「うけたい」っていうのもありましたけどね。恥ずかしいですけれどね。「あいつなに?」「あれなに?」って見られて。
アーティストになりたくって美大に入ったんだけど、何だか知らないけど大学の同級生に誘われてコントユニット「ラーメンズ」を作って芸人になっちゃって、そしたら「うけたい」欲求が出てきて「うける彫刻」っていうので今のスマートフォンケースとかが生まれたんですね。
―でもアートを仕事にしなかった
2000年代くらいまでファインアートの学科の人たちは就職なんてしなかったですね。ふらふらしていてたまに展覧会やったりして「なんか生きていけるんじゃないか」って。あま~い考えですよね~。同級生たちも就職しないまんまバイトしていて、気が付いたらそのまま社員になっていた人もいます。
僕も卒業してもフリーターだったし、相方とラーメンズとして活動してました。
9割近くは卒業後は違う世界にいきますね。大学の同級生では画家と版画家が一人ずついるくらい。

だけど今はSNSとかで発表できるから描いたり作り続けている人が増えてきた。いい傾向ですよね。
手作りサイトがあるし、「作りたい欲」は満たされる。コンクールがんばったのに箸にも棒にも掛からない状態で打ちひしがれていたけれど、SNSで発表してそこでバズったら取材がきたりとか。NFTアートだと、唯一性を担保してオンライン上で売買されて、気が付いたら転売転売で価値が上がることだってありますしね。
※NFTアート:データを管理するブロックチェーンという技術を使って資産価値が証明できるデジタルアート

相方が引退して「片桐業をこれからは極める」って言ったらいろんな人から「どうやって?」って聞かれることが多くなりました。
でも「なりたい自分になる」方法はみんなそれぞれにある。影響を受けることとの出会い方がみんな違う。例えば、映画をみて、その世界に携わりたいって思う人は数多くいたとしても、動機はみんな違う。その人が10代の頃に出会ったことの影響はとても大きいだろうし、しゃくし定規に「こうすればなりたい自分になれる」って誰にも言えないんですよね。だから面白いし地獄。僕なんてずっと地獄(笑)。この前褒められたから同じ演技を別現場でしたら「そんな芝居だめです」って言われちゃったりして。「ブルーピリオド」の主人公・八虎の100号の絵のエピソードと一緒なんです。
―「ブルーピリオド」の世界はあるある?
あの、八虎が100号の絵でとても評価された後に、同じ手法で描いて提出した課題の絵に対して「同じじゃないか」って予備校の先生から批判されるのエピソードがすっごくわかる。あのシーン大好き。
予備校の先生に褒められるのってすごくうれしいんですよ。これを描けばいいんだって思うんですけど違うんですね。大人になった今となってはある意味それもプロとしては一つの正解だとは思いますけれど。

また、入学試験の時に自画像を描くための鏡が割れちゃうエピソードがありますね。僕も同じようなことが受験の時にあって、横を通りがかった試験監督の美大生が僕の鉛筆を全部落として折っちゃった。
「なんてことするんだ!」って焦りました。残り1時間くらいしかなくって、とにかく時間がないのに。
受験では50本くらい鉛筆を削って用意するんですけどね、横で落としちゃった人が鉛筆を削り続けてくれました。
試験の時は緊張して視野が狭くなっているから必ず途中でトイレに行けって予備校の先生にアドバイスを受けるんですよね。だから僕もトイレに行ったし、その時の風景はよく覚えています。冷静になって部屋に戻ると全体を見回せて「あ~、この中で2~3人しか受からないんだな」って思いながら席に戻りました。そこからの追い込みで鉛筆落とされちゃった(笑)。でもそれであきらめがついたというか、開き直れた。水こぼすとかアクシデントは必ずある。だからあのシーンは「美・芸大受験生あるある」ですね。
ほかでも、寒い2月の試験日に道具を入れたカート引いて試験会場に行く感じとか。原作見ていて当時がよみがえってくる。忘れないですよ。18歳のあの瞬間って。
片桐仁
俳優・粘土造形作家
【主な出演ドラマ】『日曜劇場「99.9-刑事専門弁護士-」』(2016/2018 TBS)『あなたの番です』(2019 NTV)『ドクターホワイト』(2022 カンテレ)ほか
ブルーピリオド展 in 大阪 ~アートって、才能か?~
【日程】2024年6月30日(日)までの金・土・日・祝
【開館時間】10:00~18:00(入場は17:30まで)
【会場】大阪南港ATCギャラリー
【料金】一般:2,000円    高大生:1,400円 中小生900円 小学生未満は無料
詳しくはhttps://www.ktv.jp/event/blueperiod/
©山口つばさ/講談社/ブルーピリオド展製作委員会
番組情報
片桐仁さんが「ブルーピリオド展in大阪」を会場リポートする番組が放送されます。
【番組名】兵動のおっさんぽ https://www.ktv.jp/ossanpo/
【放送日】5月12日(日)午前6時30分~(関西ローカル)
【出演者】兵動大樹、片桐仁 ほか
miyoka
0